44.魔王領――30
「――ここだ」
「了解」
知覚を鈍らせた状態で、クリフの意思が憑依した雪像の誘導に従って移動する。サイコロでランダムに決めた地点……僕の初期位置はそう遠くなかったらしく、歩みは割とすぐに止まった。
この期に及んでクリフと話すような事は特に無い。ティスを初めとして他の皆が配置につくのを待つことしばらく……雪像の口が動いた。
「準備完了。……開始だ」
言い終えるが早いか意識の抜け落ちた雪像には構わず魔力感知で周囲の様子を探る。……反応は無い。
まずは氷翼を展開して上昇し、ゴールに設定した結界の北端へ一気に移動。そこから一定の感知範囲を保ったまま少しずつ進んで行く。
「――っ」
「……やっぱりこの程度じゃ牽制にもならないか。流石ね」
「来たか、ティス。いや、今は『天裂く紅刃』って呼ぶべきかな?」
「好きにしたら?」
不意に飛来した炎の槍。それを氷盾で防ぐと、通り名にふさわしい真紅の長髪をたなびかせる魔王が姿を見せた。
彼女が右手を水平に払うと、生まれたのはかなりの魔力を秘めた五つの炎球。
――と、遠くで轟音が響いた。同時、魔力が少し奪われる感覚。
伝わってくる地響きの発生源に目をやると、立ち込める雪煙がここからも見えた。
予想される襲撃の相手は単独とは限らない。当然だ。
そういうわけで、僕以外の追手役として生み出したのは昨日ティスにもぶつけた有翼の巨大氷狼が二匹。仕組みは知らないけどクリフによって魔獣化されている。
これは僕へのハンデにもなっていて、暴れるほどに僕の魔力を消費する。そのタイミングと規模次第では僕自身の行動にも影響が出るだろう。
「! おっと……」
視線が逸れた隙を逃さず、最初と同じ炎槍が大量に降り注ぐ。
「白天蓋」……屋根状に展開した氷で防御し、視線を戻す。
僕を包囲するように動く五つの炎球。そして肝心のティスの姿はどこにも無かった。
すぐ思いつくのは陽炎の類……熱で感知しようにも、さっきの攻撃と炎球がダミーとなって本体の反応を隠している。
「とはいえ、場所が悪かったね」
「っ!?」
地面に手を押し当て、雪原に広がる冷気をかき集め、増幅する。
名は単純に「凍嵐」。僕を中心に竜巻状に生じた吹雪がすべての熱を拒絶し、ティスの姿を引きずり出した。
……ティスたちは三つのグループに等しく分かれている。
一つは氷狼の一体といま交戦しているグループだろう。残り二グループ……特にティスと行動していたグループはまだそう離れてはいないはずだ。
僕の勝利条件はティス以外の相手……つまりレンたち眷属の胸についたHP代わりの氷の結晶を一つ砕くこと。逆に、それまでにティスを除く全員が結界の外に逃れれば僕の負けになる。
選択肢は二つ。
先にティスを倒してから皆を探すか、ティスを無視して先に皆を探すか。
「ま、私の役目は――」
相手もサグリフ大陸が異世界から取り寄せたレベルの適性を持つ魔王、意識を最大限まで加速させたところでじっくり考えるほどの余裕はない。
極寒の空間を切り裂いて生まれた三体の炎鳥が不規則な軌道で迫る。
「――陽動だけど、ね!」
「っ!?」
不意にがくりと身体が傾いだ。
無形の手に押さえつけられるような感覚……覚えがある。まさか!?
「『氷陣』っ……」
「それは悪手なのじゃユウキ!」
地面に円形の陣を敷き、伸ばした氷槍で炎鳥を撃退……しようとした瞬間。
強い意志を込めた声と共に一帯の地面が陥没した。
熱っつ……!
バランスを崩した身体に容赦なく炎鳥が着弾。
即席の魔法だったおかげで威力は高くないけど熱いものは熱い。
陽動……どういう事だ?
一人でも氷の結晶を砕かれれば負けなのに、向かってくるっていうのか?
とにかく動ける足場を確保しないと……!
力尽くで態勢を整えた僕が動こうとしたとき、これまで冷たい光を降り注がせていた太陽が翳った。
「はぁぁあああッ!」
「『蒼槌』っ」
日差しを遮ったのはティス。
大上段から振り下ろされた炎剣に冷気を叩きつけて押し止め、こじ開けた時間を使って動きを阻む地割れから脱出。
「――掛かったな永劫の君臨者! この『雷貫閃』の前に屈するがいい!」
「しまっ……」
聞こえてきた早口な口上に身構えるより早く、全身を貫いた衝撃によって硬直を強いられる。
この台詞回しはドラクロワ。雷魔法、ここで切ってきたか!
「悪く思うなよユウキ!」
「ぜ、全力で行きますっ」
「これで決める……!」
シェリル、トゥリナ、ティスの声。
咄嗟に宙に描いた「氷陣」を突き破り、爆炎と水の奔流が僕を飲み込んだ。
本日から今作は毎週水曜日、木曜日と週二日更新になる事をお知らせします。




