42.魔王領――28
「――僕は操られてるわけでも、まして脅されているわけではありません。自らの意思で……少なくとも僕は、そう認識しています」
ゴドウィンの言葉に、さっきまで天裂く紅刃と同じ部屋にいた面々も頷く。
……今リバルティスを拘束してる十字架には、魔力の行使を疎外する効果もある。ひとまず彼らが催眠や魔法に準じたアプローチを受けているわけではないと見て良いだろう。
「じゃあ、聞かせて。僕がいない間、皆がリバルティスと何を話したのかを」
「いいけどさ、先にねーちゃん放してやってよ。いつまでもその状態じゃ大変だろ?」
「…………分かった」
まだリバルティスの疑惑が晴れたわけじゃない。
それに僕と直接戦って分のある状況でもない以上、もし彼女が何か敵対的な行動に出るならゴドウィンたち眷属を狙って動くだろう。そんな事態を許すわけにはいかない。
でも、話を聞こうとするなら妥協を見せる必要もある。
十字架はその形を豪奢な椅子に変えた。魔力阻害はそのままに、物理的な拘束は緩められている。元々僕の魔力を大量に込めた氷だ、何かあっても出遅れることは無いはず。
少し遅れて僕らを追ってきていた他の皆も合流した。
というより、全員揃ってるのか。状況が状況だから屋敷に場所を移して仕切り直す、なんてわけにもいかないけれど。
時折カミラの補足も交えながら、ゴドウィンの話に耳を傾ける。
眷属の中でも知性派の二人の説明は分かりやすく、話の内容から彼らの考えている事までよく分かった。
氷を消し、ティスの拘束を完全に解く。
話の間もずっと様子を見てたけど、彼女が無為に暴れる事は無いだろう。
「ティス、誤解して一方的に攻撃した事は謝る」
「ううん……皆の事を大事に思ってるからなのは分かるし」
「でも、皆をそそのかした事についてはまだ少し怒ってるんだけどね」
「そそのかすって、そんな――」
責めるような声をあげたシェリルを片手で制する。
まあ、言い方が悪かったのは認めるけど。
ひとまず誤解は解けた。
だからって、皆を勇者との戦いに駆り出すのは認めない。それは変わらない。
「僕が皆に望んでることはゴドウィンが言った通りだ。確かに皆は強くなったし、普通に生きる分には十分過ぎるくらいの力を持ってる」
「それなら!」
「だけど……その程度の実力で勇者たちと戦うって? 逃げに徹して生き残れるかも怪しいよ。捨て駒にされるのがいいとこだ」
「そんな事はしない!」
「ティスに協力するっていうなら、戦うことになるのは個人で魔王と同等以上の実力を持つ勇者たちだ。軍が相手になる事だってあるかもしれない。しかも正面からの戦いばかりとは限らない。……僕が皆を鍛えたのは、自分の力で生きていけるようにするためだ。もっと強い相手に挑んで死なせるためじゃない」
最初はただ、良心に従って生き残りを集めただけだった。あの頃に同じ選択を迫られたなら、本人が望む通りにすれば良いと答えられたかもしれない。
……でも、今は無理だ。
それで嫌われることになったとしても、皆を送り出す事はできない。
「……ティスに戦力が必要だっていうなら、僕が協力する。だから皆の勧誘は諦めて――」
「それこそ冗談じゃねぇよ! そんな危険だって戦いを、ユウキだけにさせられるか!」
言葉を途中で遮ったのはシェリル。他の皆もその言葉に口々に同調する。
参ったな……このままじゃ説得できそうにない。
改めて加速させた意識の中、思考をフル回転させる。
そうしてようやく思い至ったのは、ある一つの事実だった。
「僕が今いくら言っても、たぶん皆を納得させることはできないと思う。……誤解も解けたことだし、今日はひとまず休もう。時間も時間だ」
「そう言われてみれば……ふわぁ……」
時間を意識した途端に大きな欠伸をしたシェリルに苦笑し、屋敷の方へ歩き出す。
僕がセントサグリアを出たのが既に夜で、そこから勇者たちへの対処、ティスと話してレンたちと話して……そして今の騒ぎだ。
夜更かししがちなカミラやルートヴィヒでも寝てるような時間だっていうのに、睡眠を必要としない僕はともかく、皆の健康事情を考えてもこれ以上起きてるのは褒められたことじゃない。
「えーっと……」
「一応こういう時の為の空き部屋もあるから、ティス用に整えておくよ。僕らの勧誘を諦めて出て行くっていうなら止めないけど」
「う……そ、それじゃあお邪魔するわ」
ふむ……焦ってる様子はない、か。
遅かれ早かれ、ティスの戦いは大陸中を巻き込むことになる。
そのとき皆を無用な危険に晒すわけにはいかないし……成り行きと言っていい形だけど、僕はティスに協力することに決めた。
今読み取れた感じからすると、散り散りになったティスの勢力は少し急いだら状況が大きく変わるみたいな状態には無いらしい。
そんなちょっとした分析をしながら屋敷に戻る。
ラミスに解かれた永蒼の封柩は……少し痕跡が残ってるくらいか。意識しなければそんな魔法が使われたことにも気づけないだろう。
簡単な説明は聞いたけど、王旗ってのもよく分からないんだよな。発現した魔法を魔力に戻してるっぽいとはいえ、その戻した魔力はどうなったのか……。
ティスを吹っ飛ばしたときに開いた穴を氷で塞ぎつつ、そんなことを考える。
この穴もそのうちちゃんとした形で直さないとな……今晩のうちに出来る限りの事はやっておくか。




