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40.魔王領――26/ティスside

「――ふぅ。ご馳走様でした」

「お粗末様。いやー、食ったなぁ!」


 これまでの激戦で失った魔力もすっかり取り戻したティス(リバルティス)は箸をおくと行儀よく手を合わせる。

 積み上げられた皿を改めて見たシェリルが感嘆の声を上げ、横で止めるタイミングを窺っていたトゥリナはほっと胸をなでおろす。


「さ、後はこれを洗わないとな」

「私も手伝うよ。タダでこれだけ食べたっていうんじゃ流石に悪いわ」

「いいよいいよ、お客さんなんだからさ」

「あー……実は、貴女が行っちゃうと少し心細いのよ。初対面の人も多いし」

「あー……そういう事か」

「そういう事なら、僕がやっておこう。一つ貸しだよ」

「悪いな。頼むよルートヴィヒ」

「オレも行こう」


 そんなやり取りを見ていた少年の一人が眼鏡を押し上げ厨房へ向かう。茶髪の少年がその後に続いた。

 それを見送ったシェリルがテーブルに座る。トゥリナもその隣に腰を下ろした。


(さて、と……あまりモタモタしてはいられないんだけどね)


 何気ない風を装いながら、ティスは内心密かに気を引き締める。

 総力を挙げてきた勇者たちの力は圧倒的だった。

 並の魔王では一人一殺も敵わないほどの実力差……守勢に回ったが最後、狩られるのも時間の問題だろう。

 しかし、先ほど勇者が相手でも引けを取らない戦いを見せた凍獄の主(クロアゼル)の眷属が味方につくなら話は変わってくる。

 以前出会ったシェリル、トゥリナを除けばティスは今広間にいる数人を少し見ただけだが、彼らの仲間内での結束の固さは分かっている。その中心にいるユウキ(クロアゼル)については尚更だ。

 彼らの力があれば、敵味方どちらの犠牲も大幅に抑える事ができる。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 将を射んと欲すればまず馬を射よと言う。

 加速した意識の中、手始めにシェリルたちの協力を取り付けるべくティスは無数の思考を積み重ねていく。


「なぁなぁ、ねーちゃんなんで追われてたんだ?」

「ああ、それは……話すとちょっと長くなるんだけどさ」


 ――来た。

 その言葉を待ちわびていた事は隠し、ティスはこの世界(サグリフ大陸)に転生してからの経緯を話す。

 大陸の意思(クリフ)に、歪みのもたらす災厄を阻止するため勇者たちの暴走を食い止めるよう頼まれた事。そしてティス自身は、この大陸から奴隷を無くすために戦っている事。

 そして大規模な討伐隊を組んだ勇者たちにより全滅の危機に陥り、一か八かクロアゼルの領地と思しき場所まで逃れてきたこと。

 似たような話を既にユウキにしていた為か、言葉はすらすらと出てきた。


「――って、アイツら勇者だったのか!?」

「ああ、そういえばシェリルには説明するのを忘れていましたね。本来なら戦闘の時点で可能性に思い至るくらいはしてほしいところですが」

「……そうと知ってれば…………っ」

「シェリル……」

「……トゥリナ。悪ぃ」


 一通りの話が済んだ後、不意に衝撃の事実に気づいたような反応をするシェリル。

 食い縛った歯の隙間から怨嗟に濁った声が漏れるが、トゥリナに窘められて我に返る。


「話を戻すと、つまり貴女がここに来たのはユウキの力を借りるためであると」

「まぁ、そうなるわね。もちろん無理強いする事は出来ないけど、北域最強の魔王の力を借りられれば犠牲は格段に減らせるから」


 少し気にする素振りを見せたが結局二人については触れず、ゴドウィンがティスの前に進み出た。

 灰髪の青年はその返答に少し考えるような間を空けた後、更に質問を重ねる。


「もう一つ。異なる世界から来たという貴女が、この大陸の奴隷たちのために戦おうという動機は一体どこからくるのですか?」


 ユウキの……魔王クロアゼルの過去を知るゴドウィンたちも奴隷の存在には否定的だ。しかし犠牲を払い、そして本来関わりの無い人々を巻き込んでまで大陸中にいる奴隷たちを全て解放しようという決断をできるかといえば、迷わず首を縦に振るというわけにはいかない。

 だが、目の前の魔王はそれを理解したうえで決意を固め、実際に行動を起こしている。いったい何が彼女の背を押しているというのか。


 それを聞いたティスはカップの紅茶を口に運ぶと、記憶を振り返るように目を瞑った。

 短い沈黙を挟み、おもむろに口を開く。


「――復讐よ」

「……復讐?」

「私はサグリフに来た直後、案内人になるはずだったクリフとはぐれちゃって。そのとき、一人の女の子に出会ったの。その子は親切で、右も左も分からない私にとても良くしてくれたわ」

「…………」

「でもしばらくして、品の無い装飾をジャラジャラさせた男がその子を連れ去って行った。その子がまたねって手を振るから、止める事もできなくて……それきり、その子に会う事は無かった」


 意識しても震える声。

 怒り、悲しみ、後悔……胸中に渦巻く感情は、どれだけ時間が経とうとも弱まることはない。

 少しでも心を平静に保とうと努めつつ、可能な限り淡々と言葉を続ける。


「その子が奴隷だったって事、下らない理由で処分されたって事は後から知ったわ。……結局、私はその子の名前も聞けなかった」

「……それが、理由ですか」

「ええ。その男を始末しようとその子が帰ってくる事なんてなくて……それで、誓ったの。奴隷なんて仕組み、消し去ってしまおうって」


 きっかけはこれで全部だと話を締めくくるティス。

 ゴドウィンたち部屋にいた眷属は互いに視線を交わし合い……やがてゴドウィンとカミラの二人が、ティスに向かい合うように席に着いた。


「先に言っておくと、ユウキは国を奪われた王女を擁立して復権させ、僕たちをその手札に据えるつもりでいます。そして僕たちに、そのシナリオに背く気はありません」

「っ、けど――!」

「話は最後まで聞きなさいよ。協力しないとは言ってないわ」

「……僕たちはユウキに救われ、守られてきた身です。与えてもらった力、ユウキは自分自身を守る為に使う事を望んでいるようですが……何か、為すべき事が他にある。今度は僕たちが助けるべき人がいる。そう思うんです」


 ゴドウィンの言葉は、ラミスが訪れる前後にしばしば話し合われていた眷属たちの総意。

 頷く眷属たちを見てティスは小さく身を乗り出す。


「じゃあ……!」

「そもそも目の前に勇者とか歪みとかいう問題があるんだし、手を組んだ方が得でしょ」

「まずはラミスも交えて計画を練る必要がありますね。もちろんユウキにも相談しながら」


 どうやら最善の形で助力を得られそうだと安心するティス。

 そこに……レン、レミナと話を終えたユウキの三人が戻ってきた。


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