4.魔王領――2
帰ってくると、カマクラの外には綺麗に骨だけ積み上げられていた。
料理も順調に進んでいるようで何よりだ。
結局その日は簡単な鍋を皆で囲んだ。
味は全部風味の強い香草で誤魔化した単調なものだったけど、食べられない程じゃなかった。
寝る時も獣の皮が布団代わりに行き渡ったし、出来る限りのことはやれたんじゃないかな?
……それでも、子供たちの元の生活の足元にも及ばないレベルではあったんだけど。
そういえば、確認しておきたい事があった。
レンとレミナに声をかけ、カマクラから少し離れたところに呼ぶ。
警戒というよりは戸惑いの色を濃くしながら二人はついてきた。
「何の用?」
「いや、無理にとは言わないけど聞きたいことがあって。僕の召喚についてなんだけど」
前置きしたと言っても、今尋ねるべき事じゃなかったかもしれない。
でも、こっちに召喚されてから気になっていた事ではあった。
サグリフ生まれとはいえ僕自身そこまでこの大陸の情勢に詳しいわけじゃない。奴隷も魔王も、そういうのに縁がある肩書じゃないし。
だからこういうのは日本での感覚で考えることになるけど……魔王の召喚って、ごく普通の子供がそう簡単に出来るものじゃないはずだ。
魔力に関して言えば、犠牲になった町の住民たちのものを使ったと考えれば良い。
じゃあ、技術は?
あの魔法陣を見ても分かるけど、アレは魔法じゃない。
もっと準備とかを必要とする、面倒な儀式……魔術と呼ばれる類のものだ。
それが襲撃の原因だとすれば鶏と卵が逆だし、じゃあなんでこの二人がそんな物騒なものを使えたかって話になると考えても答えは出ない。
あの時の状況からすると二人は明確な意思の元に僕を呼んだみたいだし、何か知ってると思ったんだけど――そんな考えをかいつまんで伝える。
「……札を、渡されたんだ」
「札?」
「家が、町が壊されて。外が静かになっても、動けないでいたら……妙な奴が家に入ってきたの」
「どこにでもいそうなオッサンだったのに、妙に人間味が無かった。ソイツが俺たちの頭に触れると、まるで感情が無いみたいな勇者が町を壊していく様子が見えて……」
「それを使えば魔王が呼べる。この辺りなら『凍獄の主』か。それだけ言うとレンに札を押し付けて、家を出て行ったわ」
「…………それで、その札を使ったってこと?」
そう確認すると二人は頷いた。
えっと……場所に依存して魔王、それも過去に君臨していたのを召喚できる札?
それも、たぶん使用者を選ばない。
その不審者が自分で使わなかったのは、召喚された魔王にやられるのを防ぐためか。
実際、日本で育つ前の僕だったら半径何キロか更地にして逃げ出してただろう。
魔王を召喚するってのは、それくらい碌でもない事だ。
レンたちが僕を召喚したのは復讐のためだとして……。
「……じゃあ、その不審者の目的は……?」
今度は本人に直接尋ねるわけにもいかない。
疑問を言葉にしたところで、答えが得られるはずもなかった。
魔王は眠らない。今日はちょっと魔力を使いすぎたから多少の休憩は必要だけど。
いつまでもカマクラ暮らしってわけにもいかないから、朝までに家の二、三軒くらい建てたいところだ。
ただ、やり方が分からない。建築系の奴隷の経験は無いし。
日本に居た頃の事故とか考えるといい加減な仕事もできない。
あれ、困ったな……やりようが無いぞ?
結界はきちんと働いているみたいだ。
念の為にもう一つ、野生動物の侵入を防ぐ結界でカマクラの外を覆っておく。
最高速で向かうのは召喚された町。
その中でも比較的無事な家、部屋、家具を魔力で持ち上げる。
こういう時、ゲームみたいなアイテムボックスとかあれば便利なんだけど……せめて壊れないように魔力で補強。
来た時と同じように大急ぎで結界まで帰還、持ち帰った家々を組み合わせていく。
「うーん……まあ、こんなものか。こんなものだよね!」
東の空が白み始めた頃、それなりに大きい屋敷が完成した。
当初の予定と違うって? 気にしない!
魔力で強度の方も底上げして、と。
細かい隙間なんかは氷雪で埋めて誤魔化してるけど、色々と手は加えたし普通の家くらいには過ごせるはずだ。
後は……掃除か。
何がトラウマの引金になるか分からないし、家具の配置とかは徹底的にリフォームしよう。
そもそも元の配置のままだと何かと不便だ。
魔力をふんだんに用いた力技ながらも、皆が起きる前にどうにか一つの屋敷の体裁を整える。
「ふぅ。次は畑かな」
町跡に行った時に野菜は土ごと回収してある。
幸い量に拘らなければ種類は大体全部残っていたし、ここに再現するのも不可能じゃないだろう。
起きだした子供たちが遠巻きに様子を窺ってるのは全員起きるまで後回しにするとして……。
屋敷の傍の雪を除きスペースを確保。
カマクラの時と同じ要領で冷気を追い払い、町と同じような温度をキープして野菜を埋め直す。
――と、皆起きたみたいだな。
雪原に還元する形でカマクラを消す。
「「「!?」」」
「やぁ、おはよう」
「な、なあ……ユウキ」
「ん?」
おずおずと声を上げたのは、いつか自己紹介した瞬間に逃げようとした赤髪の少女。
確か名前は……シェリルだったはず。
魔力の感じからして、昨日火を起こしてくれたのは彼女だろう。
「アンタは、『凍獄の主』なんだよな?」
「元、がつくけどね」
「勇者ってのは……アンタより強いのか?」
「強いなんてもんじゃないね。真正面から一方的にサクっと殺られたよ」
ざわっ……と広がる動揺が見えた。
子供たちが口々に「マジかよ……」とか「嘘でしょ……」とか囁き合う中、レンとレミナの姉弟はただ厳しい目をしてぎゅっと手を握る。
まあ、今はそんな事よりも朝食だ。
昨日使わなかった分の肉も上手く保存してあったから適量回収して、子供たちを畑に誘導する。
途中で屋敷に気付かれたので軽く説明して、と。
料理は女子組が共同でやったらしい。そのまま屋敷のキッチンまで案内する。
しばらくして完成した料理は昨日より心持ち豪勢で、野菜も畑で育ったものを使った分美味しくなっていた。
その後は屋敷全体の案内。
二重の玄関を抜けてすぐのところにあるのはキッチンに隣接した広間で、今みたいに食堂としても使える。
残りの部屋は大体同じくらいの大きさのものが大量に。
具体的にどうするかは決めていないけど、そのうち十八部屋は個々人の私室にするつもりだ。
レンたちに簡単な見取り図を渡して部屋割りを決めてもらうことにした。僕は空いた部屋を適当に使おう。
しばらく結界関係の調整をしてから屋敷に戻る。
皆はもう自分の部屋を決めて入っていた。けっこう手持ち無沙汰にしていたので、改めて一人一人集めていく。
前に僕が所属していたテニス部の筋トレを一通り教えた後、渡したのは手製の木刀。
全力で振ると衝撃波を出して吹き飛ばす効果と、きちんと防げば衝撃波を無効にする効果を付与しておいた。
吹っ飛ぶ方向さえ注意しておけば、防具無しでも怪我はせずに済むだろう。
「それで……どうしろって?」
「模擬戦。そうだねー……最初は僕が相手になるよ。遠慮なく全員でおいで」
躊躇は一瞬。
喊声を上げると、子供たちは本当に遠慮なく一斉に突撃してきた。
前半部分、大幅に加筆しましたorz(2015/9/9)