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39.魔王領――25

 ティスの……いや、「天裂く紅刃(リバルティス)」からの共闘の要請。

 最大限に加速させた意識の中、敢えて利害のみを基準に算盤を弾く。


 まず、僕の目標。それはディアフィス聖国の上層部を打倒して実権をラミスのサグリフ王朝に戻す事。

 必要なのは旧王朝側の人物への根回しと、勇者を筆頭に聖国側につくと思われる勢力への対策。


 次にティスたちの目標。

 クリフ(大陸)の意思は勇者たちが力を振るい大陸に負荷をかけることの阻止で、ティスの目的は奴隷の根絶。


 利害の一致で言うなら、勇者たちは僕らの共通の障害だ。

 その相手をするとき、大陸に蓄積されてきた歪みを背負った魔王リバルティスに背中を預けられるのは心強い。

 逆にリスクは……第一に、戦うタイミングを選べなくなること。僕は結界を作って引きこもっていたから居場所も補足されてないし、相手に先んじて動く事ができていた。

 でも、ティスと行動するならその強みは消える。その時に僕自身がどう動くかは定まってないけど、ティスが勇者たちと交戦するようなら無視するわけにはいかない。

 もう一つのリスク。それは、ティスの志の大きさだ。

 この際だからはっきり決めておくと、僕に大陸じゅうの奴隷全てを救おうなんて勝算も意思もない。

 ティスが奴隷を解放しようと動くなら、ディアフィスのような一国を相手にするのとは話が違ってくる。そのとき僕に、彼女と共に茨の道を歩く覚悟ができるかというと自信は無い。


 ……だけど。

 記憶の奥底から、名も知らない奴隷たちの目がじっと僕を見ているのを感じる。

 その奴隷たちが生きているにしろ死んでいるにしろ、僕個人に対して何か思うような情報など持っていないはずだ。これは僕が勝手に見ている幻に過ぎない。

 けれど、それなら――。


「……おい」

「えっ?」


 クリフの声が僕の意識を引き戻した。

 雪像はどこか呆れた調子で言葉を続ける。


「迷うのは構わんが、これ以上放っておくとコイツはまた行き倒れるぞ」

「う…………」

「ティス? ……え、あっ、ゴメン!」


 僕は自分で思っていたよりかなり考え込んでいたらしい。

 いつの間にか遠ざけていた冷気も戻ってきて、ティスは顔を青くして震えていた。そのお腹からタイミングを見計らったようにくぅっと音が響く。


 ……まぁ、いいか。

 結界の場所そのものはもう知られてるんだし、ティスたちに敵意はない。

 ただの雪像に戻ったクリフは気にしないことにして、フラつくティスを支えながら僕は結界の内側に戻った。


「――ひゃー、ねーちゃんの食いっぷりは相変わらずだな!」

「…………!」


 それから少し後。

 屋敷にはシェリルの用意した夜食を一心不乱に貪るティスの姿があった。

 その横では量が限度を超えないようにトゥリナが目を光らせている。

 時間も割と遅いし、皆にはもう休んでてほしいんだけど……そういうわけにもいかないか。


「……ユウキ」

「ん、分かってる」


 袖を引かれて振り返るとカミラの姿。彼女が視線で示した先では、普段よりどこか硬い表情をしたレンとレミナが立っている。

 カミラ、そしてゴドウィンに目配せしてこの場を任せ、僕は歩き出したレンたちを追って屋敷を出る。

 適当な木立の中で足を止めると、二人は勢いよく振り返った。


「俺たちが呼んだ理由、分かってるよな」

「さぁ? ……ってとぼけたら、怒る?」


 軽く探りを入れると、二人の表情は心なしか険しくなった。

 これはまた一筋縄ではいきそうもないな……内心で溜息を一つ零す。


「今更だけど確認できるかな。レンたちの仇の勇者は誰か分かる?」

「……直接見たわけじゃないわ。でも、ユウキを召喚するとき視せられた記憶では剣を振っていたと思う」

「剣、か……」


 かつてのクロアゼル()を討った剣の勇者アリシア。

 やられた僕の贔屓目かもしれないけど勇者の中でも抜きんでた実力者のはずが、なぜか密偵もあまり情報を持っていない地味な存在だった。

 会った時の印象だと、彼女が虐殺を進んで行うような人間には思えない。ただ……逆にそう考えると、わざと生き残りが出るようにしたかのような破壊の痕にも少し納得がいく。

 問題は、なぜそもそも彼女がそんな事をする羽目になったかだけど……それはまた今度考えるとするか。


「今回来たのは鞭と槌の勇者だから、勇者違いだよ」

「それは聞いてる。でも、そういう問題じゃなくて……!」

「……どうせ同じような事をしている勇者だから同罪。そう言う事?」


 先んじて尋ねると、二人はぎこちなく頷く。

 あまり良くない傾向だ。でも、本人だって自覚はあるからこういう反応になるんだろう。

 それなら……まだ、間に合うはずだ。

 少し表情を真面目なものにして、正面から向かい合う。


「王都に行ってきて、勇者の一人……拳の勇者と知り合いになったんだけどさ」


 話すのはノエルの事。

 その手を血に染め、自らも傷つき、守る民にも蔑まれ、それでも人々の為だと信じて戦う純粋な少女の話。


「――ノエルだって罪のない人たちを手にかけてる。でも僕はノエルを殺す気はないし、危ない目に遭っていたら助けるつもりだ」

「「…………」」

「今回の二人がどんな人間なのかは分からない。だから、まずは話をして知る事から始めようと思う」

「…………。でも……!」

「まあ、そんな理屈じゃ納得させる事はできないって事も分かってるつもりだ。だからこれはお願い」

「お願い……?」

「そう。レンもレミナも思うところはあるだろうけど、今は少しだけ待ってほしい。話ならいくらでも聞くから」


 仮に相手が完全に正しいとしても、諦める理由にはならないのが復讐だ。まして事情があったとしても、本来保たれるべきだった平和を打ち壊されたレンたちの意思を曲げられるなんて最初から思ってもいない。

 だから、ただ今の僕に言えるだけの言葉を重ねる。

 二人は拳を握りしめ、しばらく黙り込み……やがて小さく頷いた。


「少し落ち着いたわ。……ごめんなさい」

「済まないな。今回の勇者二人の事は、ユウキに任せる」


 そう言うと二人は背を向けて屋敷へ歩き出した。

 ほっと胸をなでおろすと僕もその後に続く。


「「「……ありがとう」」」


 まるで図ったようなタイミングで三つの声が重なった。

 先を行く二人の動きが一瞬だけ止まり、また歩き出す。

 後ろからだと二人の表情は窺えない。けれど多分、僕と同じような顔で苦笑しているんだろうと思った。


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