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38.魔王領――24

「――ところでさ。もしもの話なんだけど」

「ん?」

「仮に、勇者じゃないけど勇者レベルの魔法を使う人間が居たら?」

「迂遠な言い方で示さずとも、誰があの少女をお前の元へ連れて来たと思っている」

「あっ」


 言われて気づいた。

 いくら動揺していたとはいえ、そんな初歩的な事が頭から抜けていたとは不覚にも程がある。

 ……駄目だな、もう少し頭を冷やさないと。

 深呼吸して改めて気を落ち着かせる。

 そう、まだ肝心の答えを聞けていない。

 ラミスの魔力量についても把握してるらしいクリフ(大陸の意思)が彼女を無事に連れてきた事を考えれば、危害を加える意思は無いはずだけど……。


「勇者に比べれば格段に負担は減るが、望ましくないのは同じだ。……だが、王旗(パンディエラ)の後継となれば話は変わる」

「…………」


 王旗って……ああ、ラミスの魔力を抑えてた能力の事か。

 でも(魔王)の力って普通の魔法とは違う理屈なんだよね? ただ魔法を無効化するだけのものじゃないって事か?


「千年ほど前に三人……いや、四人だったか……? ともかく歪みを緩和する力を人間に授けたもの、それが王旗だ」

「魔法でも魔王の力でも、歪みに関連する点は同じって事か」

「うむ。ただ、現在把握できている王旗の主はあの少女――」

「あの少女っていうか、ラミスね」

「……ラミスのみ。そして、彼女の王旗も正常に機能しているとは言い難い」


 うーん、そもそも王旗についての知識が何も無いからよく分からない。

 少なくとも僕らのとこに来た段階じゃ歪みを緩和する力は生きてたと思うけど……。

 何であれラミスに、そして大陸に関する重要っぽい話だ。より話に意識を傾ける。

 ……自分にあまり関係ない話が続くからか、少しじれったそうにしているティス(リバルティス)は敢えて意識の外に置く。


「簡単に言えば、儀式が行えていないのが問題なのだ」

「儀式?」

「魔王の破壊に代替する、歪みを解消する行動……それがしばらく行えていない」

「その儀式ってのは、例えば今やるわけにはいかないもの?」

「ああ。本来と大きく異なる形で歪みを治めるために条件、特に場所が重要になる。だが今のセントサグリアでラミスが儀式を行うのは困難だろう。確実に愚か者の邪魔が入る」

「ここでもディアフィス勢力が障害になるか……」


 でも、今の僕の目的はラミスを擁立してサグリフの主権をディアフィスから取り戻すこと。

 儀式の復活を目指すにしたって、やる事は今までと変わらない。

 そんな事を考えていると、ふと思い出したような調子で雪像は話を続けた。


「ああ、ついでに言うならお前の眷属たちも問題は無いぞ。あれらの性質は王旗とも違う形でだが魔王に近づいている」

「眷属……?」

「やはり気づいていなかったな。お前が結界の中に連れ去った子供たちの事だ」

「っ!」


 唐突に落とされた爆弾に心が浮足立つ。

 動揺も隠せずにいる僕に、雪像は淡々と言葉を続ける。


「あのような力、そもそも人間の枠に収まるものではあるまい? そうだな……魔人とでも呼ぶべきか」

「魔人……」

「ただでさえ染まりやすい子供が、人間から魔王へ変じたお前の庇護と力を強く受けたのだ。何の影響も無ければそれこそ不自然というものだろう」

「……何か、それに伴うデメリットは?」

「お前は魔王としての自分にデメリットを感じた事があるか?」


 ……今のところは、無いな。

 むしろ助けられるばかりだったと言っても過言ではない。

 本当に問題は無いのか? 何かのサインを見逃していないか?

 自問自答を繰り返すが思い当たる節はない。

 しばし沈黙が降りる。

 ……向こうから話す情報はこれで全部、という事だろうか。

 ならば次はこちらから尋ねる番か。


「だいぶ前置きが長くなったけど……本題に入ろうか」

「ん……? あぁうん、そうね!」


 ティスに視線を戻すと、居眠りしていたらしい少女はさっと顔を上げた。

 顔は紅髪で隠れてたけど、口の端に残った涎の跡が動かぬ証拠として残っている。

 ……まぁ、この際気にするまい。


「大陸の意思なんてのがついてるんだから場所がバレてたのは分かるけど、なんでここに二人も勇者連れてきたの?」

「あー、それは……」


 幸い今回は大事に至らなかったけど、結界が破られてたりシェリルたちが勇者の実力を見誤ってたりしたら相当危険な状況だった。

 その辺り引け目を感じてはいるのか、ティスは気まずい表情で顔を逸らす。


「どこから話したものか……まず、クリフ(大陸)の思惑は私が暴れて溜まった歪みを解消する事、そして勇者たちの排除。それで、私の目的が奴隷を無くすこと」

「…………。ティスは元々日本人なんだよね?」

「うん。ちょっと……色々、あったんだ。でもこの大陸全体に奴隷にされる人がいて、それを売る人がいて、買う人がいる。それを無くすために、クリフが蘇らせた魔王たちと動いてたんだけど――」

「え、ちょっと待って」


 話の途中だけど口を挟ませてもらう。

 クリフが蘇らせた魔王?

 死んだはずの魔王が生き返る……そんな現象に、一つ心当たりがある。


「もしかして僕が今ここにいるのも……」

「我の手引きだが?」


 やっぱりそうか!

 そう思って見てみれば、レンが言っていた妙に人間味の無い不審者ってのもクリフの特徴に一致する。

 雪像によれば「凍獄の主(クロアゼル)」の復活は、「天裂く紅刃(リバルティス)」を召喚するまでに打った苦し紛れの一手の一つらしい。

 最初に話を聞いた時は魔王の復活なんて碌でもないと思ったものだけど、事情を聞けばある程度の納得はいく。

 まぁ、それ以上に厄介な事態ってのが後ろから出てきたわけだけど。


「えっと……私の話に戻っていい?」

「あ、ゴメン」

「それでこの前、勇者たちが組んだ殺意全開の討伐部隊に襲われて。皆バラバラになった中で私がここまで逃げてきたのは、魔王クロアゼルと共闘できればなんとかなると思ったから……です」

「いや、急に敬語使われても……」


 だいぶ勝手な言い分なのは分かっているのか向こうも凄く申し訳なさそうにしている。

 まぁ、逆の立場なら僕でも同じ選択をした可能性は十分にあるし、その辺り理解できなくはないけど……。

 そう思っていると、ティスは表情を真剣なものにして改めて僕に向き直った。


「私たちの勢力だと、今回みたいに勇者が本腰を入れてきたら良い的にされる。それで……その……北域最強と謳われた魔王の力が借りられれば心強いの。お願いします、力を貸して……!」

「むぅ…………」


 力にはなりたい。でも荒事は嫌だ。

 そんな子供じみた葛藤は別にしても、この提案は僕がやろうとしていた事と深く関係してくる。

 迂闊に判断するわけにはいかないけれど……どうしたものか。


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