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36.魔王領――22

 日本人。まさかそのワードをサグリフで聞くことになるとは思ってもいなかったせいで、露骨に動揺してしまう。

 ……ん? 今、ティスは「あなたも」って言った?


「どうして気づいたって顔ね。初めて会った時、すき焼きがどうこう言ってたでしょ? でも、そんな概念はこの大陸に存在しないのよ」

「…………」

「…………」


 …………。

 黙って耳を傾けるけれど、それ以上の説明は無い。

 え、理由ってそれだけ?

 いや確かに疑惑を抱くには十分だけど、もっとこう何か……。

 結果として図星とはいえ、どうも納得しきれないものが残る。

 ……まぁいい、僕が日本人だと思われた理由は分かった。今度はこちらから尋ねる番だ。


「じゃあ僕からも質問。『あなたも』って事は、ティスも日本人なの?」

「まぁ、ね。雨が強い日に傘をさして家に帰ろうとしてたら、雷に……」

「な、なるほど……。日本人としての名前とか聞いても?」

「悪いけど、前の名前は捨てたの。あまり良い人生でもなかったしね」

「……そうか…………」

「ええ。だからわたしの事は今まで通りに呼んでくれて構わないわ」


 うーん……ティスの考え方について思う事が無いではない。

 でも、それもまた彼女なりの考えと人生に基づいたものなのだろう。他人が不用意に踏み込めることでもない。


「その上でユウキに訊かせて。未だに語り草になっている最悪の魔王、『凍獄の主(クロアゼル)』について」

「ああ、一つ誤解の無いように言っておいたほうが良いな。僕の生まれは日本じゃなくてここ(サグリフ)だよ」

「……どういう事?」

「クロアゼルが一度勇者に討伐されてるのは知ってる? そのとき記憶を持ったまま転生した先が日本。今こうして戻ってきたのはサグリフ側から召喚を受けたからだけど、たぶん日本で交通事故に遭ったのも関係してるんじゃないかな」


 小さく深呼吸を挟んで、日本人としての生活を経て今の僕が形成されたことも伝える。既に一度ラミスに話しているおかげか、言葉は自然に出てきた。


「――まぁ、そういうわけで。過去のクロアゼルと今の僕は中身が違うって考えれば分かりやすいと思うよ」

「……ふーん、そう」


 簡単にまとめると、ティスは何事か考える素振りを見せながら相槌を打つ。

 軽く話して分かったのは、結局どちらも日本要素はあまり関係ないこと。情報とか考えの一部が共通って事は確認できたけど、今いるサグリフから見ればほとんど縁もゆかりもない異世界でしかないと思えば当然かもしれない。


 ……そろそろ前置きはいいか。

 最後に一つだけ、ずっと気になっていたことを確かめる。


「ところで、前会った時に探してた連れは?」

「死んだわ」

「っ!」


 可能性の一つとして、予想だにしていなかったと言えば嘘になる。

 それよりも驚かされたのがティスの態度だ。あまりに淡泊な様子に、同じ元日本人って情報さえ疑いそうになる。

 こちらの様子に気づいたのか、ティスは気まずそうに手を振った。


「あー、あなたが思ってるのとは少し違うんだけどね。あいつは人間じゃないし、会いたいっていうなら引き合わせるくらいは出来るわ」

「……?」

「私のブレーンみたいなもんだし、呼んだほうが良いかもしれないわね。適当にでいいから、依代用の人型を作ってもらえる?」

「それくらいなら朝飯前だけど……」


 よく分からないままに雪像を生み出す。顔立ちなんかは前見たのに似せた方が良いかな?

 完成した雪像に僕のものではない魔力が通り――その目がゆっくりと瞬く。


「やれやれ……これはまた随分と良い身体ではないか」

「別に動かすわけじゃないんだから我慢しなさい」


 う、動いた!? いや、依代とか言ってたしこの事態は予想できてたけれど。

 例の不気味な存在感が本能的な警戒心を煽る。


「それで、結局そいつは何者なの? 人間じゃないのは確かみたいだけど」

「我はサグリフ。汝らの生きる大陸の意思だ」

「…………えっ?」


 雪像はあっさりと、とんでもない爆弾を投下した。

 大陸そのものの意思って……。

 この際だ、発言自体は疑うまい。プレッシャーの説明にもなるといえばなる。

 でもそのラスボスみたいな肩書はいったい何なんだ!?


「大陸の名をそのまま人名として扱うのは不便も多かろう。ティスは我をクリフと呼ぶぞ」

「ちょ、ちょっと待って。聞きたいことが山ほど出来たんだけど、少しまとめたい」

「ふむ、混乱させてしまったようだな。先に我らの情報から開示しておくとしようか」


 正直勘弁してほしい。

 一気に話が大きくなり、理屈より先に心が現実から逃げ出しそうになる。

 でも……逃すには惜しい情報なんだろうな……。

 面倒事の予感に心底げんなりしながら、僕は雪像改めクリフの話に耳を傾けることにした。


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