34.魔王領――20/眷属side
一方、こちらはユウキがセントサグリアへ発った後の結界の中。
リーダー格のレン・レミナが簡単に事情を説明した事もあり、普段と特に変わったこともなく日々は過ぎていった。
強いて違いを上げるとすれば、模擬戦が安全重視の少し大人しいものになった事。
それに伴い、一部の血気盛んな面子は模擬戦を夜もするようになった事。
ゴドウィン・カミラといった一部の顔触れの中でユウキの外出の詳細な事情の共有と、それを踏まえての今後について簡単な相談があった程度だろうか。
異変が起きたのは、そんな調子で一週間ほど経ったある晩の事だった。
屋敷の中にまで莫大な魔力の余波が届いたかと思うと、結界の外側から断続的に重低音が響くようになったのだ。
「……シェリル」
「ん、どうしたトゥリナ?」
「気づかない? 外の様子がおかしい」
「へ? ……ああ、本当だ! 一体何が起きてん――ぐえっ」
「一人で先走らないの」
言葉の途中で駆け出そうとしたシェリルは首根を掴まれて急停止。
他の面々も戦いの手を止め、自ずと一か所に集まる。短い相談の後、ゴドウィン、ネロ、シェリル、トゥリナの四人が結界の外の様子を見に行く事になった。
森の中の結界は認識阻害、物理干渉の遮断を始めとした複数のものが何重にも張られている。
「ふッ――」
「喰らうか!」
その境界まで駆けつけたゴドウィンたちが真っ先に見たものは、樹々を薙ぎ払い唸りを上げる長大な鞭。一直線に迫ったそれは、しかし結界に触れた瞬間その軌道を歪めて斜めに逸らされた。
その標的だったと思われる人影は、鮮やかな紅髪を翻しながら跳躍して回避。
「ぶっ潰してやらぁああ!」
「ちっ……!」
そこへ上から突っ込んできた別の人物が、落下の勢いのままに大槌を振り下ろす。
流星の如き一撃が宣言通り人影を叩き潰すかに見えた次の瞬間、中規模の爆発が人影を吹き飛ばした。
標的を逃した流星は轟音と共に大地を穿ち、地面にクレーターを作りだした。
「あれは……!」
「シェリル、知っているんですか?」
「知ってるけど……誰だっけ」
「髪が紅い方は、知ってる。『天裂く紅刃』……前、ユウキと町に出た時に会った魔王」
「そうだ、あのねーちゃんだ!」
「魔王!?」
「へぇ……、そいつは凄ぇや」
少なからず動揺を滲ませたトゥリナの言葉に、ゴドウィンとネロはそれぞれ驚愕を露わにする。
なら、その魔王を相手に互角以上に攻め立てる二人は何者か。決まっている――勇者だ。
ゴドウィンはそう結論づけた。
「じゃあ早速――」
「待って。無謀よ」
即決して結界から飛び出そうとするシェリルをトゥリナが抑える。
だが、そのトゥリナ自身も片手に逆巻く水塊を生み出し、いつでも参戦できる構えを見せている。
……今の状況を見る限り、戦いは十分割って入れるレベルだ。そして、攻撃を受けているリバルティスは防戦一方。
最後にもう一度、ゴドウィンはシェリルたちを見つめ――。
「ああぁぁあ面倒くせぇ!」
「なっ……!」
大槌を振り回した少女が怒声を上げ、打面が禍々しい魔力を帯びて振動する。
振りぬかれた槌が抉り取った地面は砕け、その一つ一つが城壁さえ穿つ散弾となってリバルティスに迫る。
その時にはもう、二人の少女は結界から飛び出していた。
「させないっ……!」
「お前もな!」
「「「っ!?」」」
トゥリナの手から放たれた水塊は体積を爆発的に増し、大蛇となって散弾の全てを飲み込んだ。
その影から居合のように繰り出された鞭の一閃は、シェリルが放った火炎弾の一つが命中して標的を外す。
三つの息を呑む音が重なった。
普段以上に眉間に皺を寄せたゴドウィンは、余裕のありそうな表情を作って待機しているネロへ視線を戻す。
「ネロ、貴方は引き返して伝令を。どう動くかはレンさんたちの判断に委ねます」
「了解。あんたは?」
「出番が無いことを祈りながら潜んでいますよ」
「そうだな、頼むよ!」
ネロが扱う魔法は風属性。
自ら生み出した突風に乗った後ろ姿は、あっという間に見えなくなった。
「あんた達は……!」
「よっ、久しぶり。手ぇ貸すぜ」
「……どういう状況なの?」
「見ての通りよ。厄介な相手に襲われてるの。……ユウキは?」
「悪りーな、アイツは留守だ」
短く言葉を交わしながら、二人はリバルティスを守るように傍へ向かう。
「なんだよ、なんだよなんだよなんだよテメーら! 邪魔してんじゃ、ねーよッ!」
槌を持った少女が叫ぶ。あたかもその憤激が噴き出したように、赤い靄のようなオーラがその槌を覆い隠していった。
振りかぶられた槌から金属質の轟音が響き、撃ちだされた。
トゥリナが盾にした水蛇には、ボッという異音を伴い大穴が空けられる。
「ッ、まず――」
「く……!」
手を翳し炎を撃ち出すリバルティス。それは不可視の大砲とせめぎ合い……数秒後、爆発という形で解き放たれる。
ぶつかりあった力の規模を誇示するような火柱が、空を焼くように噴き上がった。




