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33.王都近郊――2

 言葉を重ねる程に錆付いていった思考とは対照的に、意識だけは反射的に加速する。

 もはや馴染みの停止した世界の中を、ノエルの向こうに見えた光は確実に進み続ける。それが巨大な光の槍だと気づいて、自分の表情が強張るのを感じた。

 何故? 誰が? 答えの出るはずもない疑問が脳内を駆け抜ける。

 分かるのは、このままじゃ動く様子を見せないノエルに光槍が直撃するということ。咄嗟に立ち上がるけど、このままじゃ間に合わない。


「ッ――!」


 迷う猶予も無かった。訓練の成果もあって伸ばした手の先には即座に魔力が収束。生み出された氷の盾は光の軌道を歪め受け流し、ギリギリのところでノエルを守って砕け散った。

 魔力感知に秀でた拳の勇者、その傍で魔法を使うことが意味するのは一つ。

 ノエルは……光槍など知覚さえしていなかったかのように、ただ目を見開いて僕を見ていた。溢れた一滴の涙がその頬を伝う。


「うそ……だよね……?」

「…………ごめん」


 視線から逃げるように顔を上げ、光槍の飛んできた方向へ目を凝らす。

 一つの人影がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 もう、時間はあまりない。王都を騒がせた元凶と勇者が馴れ合っている様子なんて、間違っても見られるわけにはいかないから。

 そう思うと、これまでのぎこちなさが嘘のように口が動いた。僕の計算もノエルの思いも無視して、言葉は勝手に溢れ出る。


「戦いは嫌いだ。だからディアフィスは止める。でも……僕は、ノエルの敵じゃない」

「っ……ユウキ……!」


 我ながら滅茶苦茶な言い分だ。ディアフィス聖国に対立するなら、ノエルと敵対する事になるのは必然。だというのにこの口は、それも嫌だと駄々をこねる。

 身勝手な僕に、ノエルが何を言おうとしたのかは分からない。言葉が続く前に、別の声が割り込んだ。


「あーら、失礼? 聖武器に選ばれなかったハズレ勇者は逢引の相手も冴えないわねぇ?」

「……誰だ、アンタ」


 乱入者は僕やノエルと同じくらいの年齢に見える、杖に跨った金髪の少女。

 誰何の答えは光の矢だった。飛びのいて躱した僕を、少女は侮蔑の色を隠そうともせずに見下ろす。


「アンタこそ何様か知らないけどねぇ。このマチルダ様に対して……頭が高いのよおっ!」


 少女が叫ぶと同時、虚空から色とりどりの弾丸が放たれた。

 ノエルを出来損ないと呼び、このレベルの魔法を容易く扱う……そして、マチルダという名前。

 この条件に該当するのは――杖の勇者しかいない。


 広範囲に放たれた無数の魔力弾を避けるのは厳しいだろう。

 だが……この程度なら、無詠唱の氷盾一つで事足りる。

 周囲の地面を穿った弾丸が、その威力をひけらかすように砂埃を巻き上げた。


「はんっ! 出来損ないに取り入った程度で舐めた態度取るから――」

「……相手の力量も測れず、人の事を出来損ないと決めつける。そんなザマじゃあ程度が知れるね」

「なっ……!?」


 そう挑発はするけど、相手は勇者だ。ノエルだっていつ、どう動くかは分からない。

 氷盾に魔力を注いで氷竜を生み出し、僕自身も氷翼を展開して宙へ浮かび上がる。更に魔王然とした酷薄な笑みを顔に張り付け、上空から当てつけのようにマチルダを見下す。


「それに勘違いしているようだけど、彼女は国の障害を排除しに来ただけだよ。状況判断もできないなんて、ディアフィスの最高戦力もピンキリなんだね」

「こっ……この……! 言うに事欠いて……ッ!」


 安い挑発は呆れるほど効果覿面だった。

 鬼のような形相を浮かべるマチルダに先んじて氷竜を叩き付ける。

 それと同時に僕もまた氷竜の背を蹴り、翼を羽ばたかせて全速力で飛び去る。僕だって無事で済む保証もないのに彼女らと戦う必要はない。

 一度だけ振り返ると、見えたのは氷竜とせめぎ合う灼熱の奔流。

 地上に視線を落としても……ノエルの姿は、魔法の衝突で生まれた蒸気に遮られていた。


 数発の光線を除いて追撃は無し。無事に逃げ切れたのだけ確認すると僕は進行方向を森の方へ変えた。

 魔王の身にとって寒さは苦にならない。

 それでも、鋭く冷えた上空の空気は思考を落ち着かせるのを助けてくれた。

 私情は努めて意識から追いやり、今後の事に思いを巡らせる。


 いつかレンたちが自分でも言っていたように、彼らの力はそれこそ個人でもこの物騒な大陸を生き抜けるくらいには高まっている。莫大な魔力をコントロールできるようになったラミスもまた同様だ。

 単純な武力で言えば、勇者を除いて考えるとサグリア王朝を復権させ維持していくには十分。政治の方面は革命以前の王朝に仕えていた人々を呼び戻せばなんとかなるだろう。

 じゃあこれからはどう動くべきか?

 ディアフィス聖国が王の野心を満たすために他国へ侵略を仕掛けているって事実は得られた。実際にディアフィス側から戦端を開いた争いは無数にあるし、これを以て今の王を悪とする大義名分は立つ。


 万事うまくいったと仮定して状況を想定する。

 まずはラミスの統治を支える人たちに根回し。次にディアフィスの現王を筆頭に主な支配階級を抑える。最後に周辺を侵略している軍を説得なり無力化なりして終わり。

 最も注意が必要な勇者たちは、大義という後ろ盾を無くせば敵ではなくなる。

 事が済むまで被害を抑え、溝が生まれないようにすれば大丈夫だろう。

 大まかな指針は立った。

 戻ったら一度レンたちにも相談して計画を詰めていくとしよう。


 ……ところで。さっきから森に近づくにつれて、感じる魔力がどんどん強くなってくるんだけど。

 結界の内側でどれだけレンたちが暴れていようと、外側から魔力を感じられるはずはない。でも、結界が破れたって感覚はない。

 じゃあ……ぶつかり合って個々の識別もできないくらいの、この強大な魔力は何なんだ?

 そう自問したとき、森の一角から遠目にも分かるほど巨大な火柱が噴き上がった。


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