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32.王都近郊

「――あれ、王都の外に出るの?」

「うん」

「それなら、たまには……」

「わっ!?」


 いきなり素早く動いたノエルに容易く担がれる。

 こっちの意識も反射的に加速したんだけど、彼女の前でどれだけの動きを見せて良いものか迷っているうちに事は終わっていた。さすが勇者、レンたちより数段速い。

 意図が察せず戸惑っていると、ノエルは適当な建物を足場に跳躍を繰り返してひらりと街壁を飛び越えた。


「本当はあまり良いことじゃないんだけど……ユウキは真似しないでよ?」

「……勇者ってのも大変だね」

「そりゃ大きな力があって、大きい事を成し遂げようとしてるんだから。責任だって重くなるよ、なんて。ある人の受け売りなんだけどね」


 ……やっぱりノエルは、関所に詰めてる兵士にも恐れられているんだろうか。

 多分そうなんだろう。そして僕の予想が正しければ、ディアフィス側の人間でノエルの肩を持つのは……。


「それで、どこまで行くの?」

「別にここでも良いけど。せっかくだし、もう少し歩こうか」


 何も考えていないような……僕の事なんか全く疑っていない目が胸を刺す。

 まだ、今なら引き返せる。

 そう呪いのように心中で何度も繰り返しながら、それでも身体は動く。

 一度固めた決意に引きずられて歩き続ける。


 王都から離れる事自体に大きな意味はない。ただ町の灯りから少し遠ざかった方が、星も綺麗に見えるかと思っただけだ。

 空を見上げると、日本で見るよりずっと強く輝く星々が無数に散らばっていた。

 ……まぁ、サグリフ(こっち)に戻ってからは時々見上げてる景色なんだけど。話の枕には悪くないだろう。

 足を止めて口を開く。


「僕が育った森は木がひしめき合っててさ。こんな星空、見た事が無かったんだ」

「そうなんだ……ボクは逆かな」

「逆?」

「うん。召喚されてから星を見上げるのは……これが、初めて。異世界でも夜空は変わらないんだね」

「そうか……」

「夜戦の時に上からの攻撃を警戒してても、いつも空は煙に覆われててさ。そうじゃない時も探すのは敵のシルエットばっかりで、星に気を向ける余裕なんてなかった」

「その事なんだけど……」


 喉でつっかえそうになる声を無理矢理に絞り出す。

 自分の内側で響く制止の絶叫を押し殺し、それでも上っ面だけは何でもないように言葉を続ける。


「ディアフィス聖国の歴史って知ってる?」

「ん? 本で読んだから、ある程度は。細かいところまではちょっと分からないけど」

「じゃあ、どうやって興った国なのかも」

「えっと……ボクが召喚される少し前に、クーデターがあったんだよね? 民に貧しい思いをさせていた王様を退位させて、反乱を主導した大臣が新しい王様になった」

「新王の息子は死んでたから、今の王はその孫にあたる人物だ」

「うん。それがどうかした?」


 ……ここまでは前置きだ。

 次の言葉を出せば、もう後戻りはできない。

 一瞬だけ歯を食いしばり、断ち切るように声を発する。


「今のディアフィスの民の生活は、クーデター前と別に変わっていない」

「…………え……?」

「一部の商人は、戦争の影響で儲けてるかな? でも、大半の民衆の生活はそのままだ。むしろ徴兵されるせいで、大きな戦争の無かったクーデター前より少し悪化してると言ってもいい」

「待って……やめてよ……」

「それに――」

「やめてぇっ!」


 悲鳴のような声が僕の言葉を遮った。

 今ノエルがどんな表情を浮かべているのか、見ることが出来ずに視線を逸らす。

 それでも小刻みに震える握り拳が、視界の端に映りこむ。


「そんな……前捕まえた密偵みたいな事言ってたら、ユウキも敵かと思っちゃうじゃん……怖いから、勘違いさせないでよ……!」

「っ……!」


 それはきっと最後通牒。

 ここで素直に謝って退けば、今回の事は僕が紛らわしい事を言っただけになるのだろう。

 だけど……国に利用されて傷つくノエルを見ていられない。

 うまく説得できる案なんて無くても、言葉は届かないと分かっていても。

 それでも言葉は溢れ出る。


「今のディアフィス聖国は侵略者だ。ノエルは騙され――」

「ッ……!」


 鋭く息を吸い込む音が聞こえたと思うと、僕は突き飛ばされていた。

 それが殺意を伴った打撃だったなら避けられただろう。でも、そうじゃなかった。

 感情のままに身体が動いたのであろうそれは、攻撃というにはあまりに遅くて。

 だから避けられなかった。

 数メートルほど吹き飛ばされて尻もちをつく。

 半ば無意識にノエルを見上げ――その向こうで、何かが光るのが見えた。


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