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31.セントサグリア――4

「――今日はこれくらいで切り上げるのが良いかな」

「わかった。連日悪いね」

「ううん、ちゃんと仕事と平行できてるし気にしないで。ボクもこういうの久しぶりだったし……こっちこそ、ありがと。それじゃ」


 日暮れ時になり、城に戻るノエルと別れる。

 最初に会ってから数日、僕はノエルにくっつく形で王都のパトロールついでに案内してもらっていた。


 情報を引き出そうにも僕に熟練の技術なんて無いし、彼女とディアフィスの関係については向こうが話す内容から推測するくらいに留まっている。

 それだけでも今のノエルがどれだけ頑なになっているかは分かる。信じては裏切られ、迷っては奪われを繰り返していった結果だ。どうあってもディアフィスの勇者として、ノエルは問答無用に国の敵すべてに牙を剥くだろう。


 そんな勇者(彼女)の姿は、この王都ではよく知られている。そのノエルと一緒に歩いていれば、とてもじゃないけど洗脳されてるようには見えない僕の姿だってそれなりに注目されるわけで。

 設定としては雑な洗脳が偶然に解けたってことにした。

 隠密性が命の密偵が、とびきりの不安材料を放っておくわけもなく……。


 なるべく人の多いところを通って宿に戻る。魔力は使えないから素の感覚で気配を探ると、もう怪しげな反応がいくつか潜んでいるのが分かった。

 幸い夕食はノエルと済ませたから、もうこの宿で何かする必要はない。


「……よっ、と」


 一度普通に自室に戻り、本だけ手に取ると窓を開けて宿の外へ。

 後は一晩中、見つかったら負けの鬼ごっこだ。気配を消しておけば偶然以外で追手と出くわすこともないし、逆にこっちは気を付けていれば近づかれる前に察知できる。そう難しいミッションでもなかったな。


 朝になるのを待って宿に戻る。近くで見張っていた追手は一人だったし、ちょっと目を離した隙に最速で部屋へ飛び込ませてもらった。

 普通の宿泊客に混ざり、何食わぬ顔で朝食を済ませる。

 さて……今日はどうしようか。


「――やぁ、ユウキ。おはよう!」

「おはよう、ノエル」


 王城前の通りの屋台を冷やかして回っていると、ノエルが声をかけてきた。

 ぎくりと固まった人々には構わず、まだ巡っていない区画に向かって歩き出す少女の背を追いかける。

 話すのは他愛ないことばかり。ノエルの過去の話や王都の紹介、そして捏造した僕の故郷でのエピソード。

 ああいや、人物を設定に合うように挿げ替えただけだから全部が嘘ってわけでもないか。


 正直、この時間は心地よい。でも……いつまでも続けてるわけにもいかない。それも分かってる。

 伊達に何日も考え続けてたわけじゃない。案の一つや二つは当然ある。

 逆にそれはそのまま、それだけ考えて、案も出して、いまだに納得しきれない僕の至らなさでもあるんだけど。


「――難しい顔してるけど、どうかした?」

「うわっ!?」


 その声にふと意識を前方に向けると、覗き込んでいるノエルの顔が間近にあった。

 危うくぶつかるってところで思わず仰け反る。


「もしかして……ボクと居るせいで、なにか嫌なことでもあった?」

「いや、それは大丈夫」

「なら良いんだけど。悩みがあるなら相談に乗るよ?」

「んー……」


 当の本人にそれ言われてもな……。

 いや、待てよ? 案外アリかもしれないな。


「じゃあ折角だし、聞いてもらおうかな」

「うん!」


 話を切り出すとノエルは勢いよく身を乗り出してきた。

 その目を見れば本当に親身に相談に乗ってくれるのはよく分かる。

 だから、話してみた。

 唯一信じている対象が不審で危うい、純粋な友人の事を。


「――と、まぁそんな感じ。ノエルはどうすれば良いと思う?」

「うーん…………」


 ノエルにもすぐには答えの出せない問題だったらしい。

 眉間に皺をよせ、難しい表情で唸る。


「……はっきりした証拠を見せたうえで、説得するしかないかな」

「でも、その友達はたぶん信じてくれないよ?」

「それでも。ボクってバカだしさ、後は信じてもらえるまで説得を続けるしかできないと思う。……ごめん、あまり参考にならなかったかな?」

「ううん、ありがとう。少し勇気が出た」

「本当はもっと力になりたいんだけど……別の任務が入っちゃってさ。明日、王都を出るんだ」

「……そうか…………」


 それは、僕の元々の目的からすれば朗報だったのだろう。

 あと一日待てばノエルは王都を発つ。そうすれば魔法だって解禁だし、催眠で情報が集められる。

 それに、今説得したってノエルが耳を貸さないのは……聞けないのは、分かってる。やり過ごすのが得策だ。

 加速した思考はそう結論づけた。

 ……だというのに。


「それならさ。ちょっと二人で話せないかな」

「ん? デートのお誘い?」

「……まぁ、そんな感じ」

「はは、意外に積極的? 良いよ、そういうの嫌いじゃないし」


 戦場へ赴くノエルに何も言わず見送るなんて嘘だ。そんな考えが、どうしても捨てきれなかった。

 ここで向こうが難色を示しでもしたら引き下がれたのかもしれない。

 けれど彼女は特に躊躇うこともなく頷く。

 ……胸が、ズキリと痛むのを感じた。


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