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30.セントサグリア――3

 王都に侵入する前、密偵たちから仕入れた情報を反芻する。

 ――ディアフィス聖国の最高戦力である勇者が一人ノエル。

 命令一つで躊躇なく力を振るい、誰が相手でも等しく仕留める処刑人。その過程で自らがどれだけ傷を負おうとも頓着することはなく、その苛烈さを以て自国民にさえ狂犬と忌まれる。

 奴に一度見つかれば逃れることはできない。会話が成り立つこともない。その場合は速やかに自害せよ。


 とはいえ……今のは、あくまで密偵たちの話。

 武器も使わず体術で戦うらしいし、僕なら最悪飛んで逃げられるだろう。

 それに、今はまだ会話だって成り立っている。そのはずだ。

 今一度自分の設定を洗い直し、綻びを生まないことに最大限の注意を割きつつ必要な部分を固めていく。

 再構成したキャラクターに基づき最も自然な反応を導き出し、求める方向性へ話を持っていく道筋を練り……戦闘準備、完了だ。

 こちらに向かってくる少女に、屈託のない笑みを向けてみせる。


「僕なら平気。ほら、もう傷だって塞がってるし」

「あ、ホントだ。意外と強いんだねー」

「意外とって……まぁ、じーさんに鍛えられたから」

「お爺さん?」

「うん。この前病気で死んじゃってさ、ここには知り合いを頼れって遺言で来たんだ」

「あ……なんか、ごめんね」

「大丈夫。ちゃんとお別れもできたし」


 そこで一度話が途切れる。

 狙い通り、今度は少女の方から話題を振ってきた。


「えっと……そういえば名乗ってなかったね。ボクはノエルって言うんだ」

「僕はユウキ、よろしく。さっきの動き凄かったけど、ノエルは何かしてるの?」

「ああ、知らなかったの? ボクはこの国に召喚された勇者なんだよ」

「勇者?」


 ……来た。

 待ち構えていた言葉に内心で身構えた事などおくびにも出さず、きょとんとした表情で首を傾げる。


「実はね……いや、隠すような話でもないんだけどさ」

「?」

「ボク、この世界の人間じゃないんだ。元は別の世界で羊飼いしてたんだけど、ちょっと召喚されてね」

「ええ!? そ、そんなこと本当にあるの?」

「ホントホント。最初はボクもびっくりしたよ」

「へぇー……。……元の世界に戻りたいとか思わないの?」

「まぁ……格好悪い話になるけど、実は召喚された時って崖から落ちてる最中でさ。第二の人生はこっちで過ごすつもり」


 更に話を聞いたところ、ノエルを召喚した題目は軍の撤退のサポート。

 そりゃ召喚した相手にいきなり敵を殺してこいなんて言わないか。召喚されて得た勇者としての力で無事ミッションを果たしたノエルは勇者として大いに称えられた。


「――そこまでは良かったんだ」

「え?」

「こっちに来てから数日で、いろんな人たちと仲良くなった。でも……殺されちゃった。ディアフィスにとっても重要な人だったらしい。敵国の刺客に、暗殺されたんだ」

「…………!」


 悲痛な過去に息を詰める。

 ノエルの瞳は悲しげに伏せられ、嘘を吐いている様子はない。

 ……大体読めてきた。

 このディアフィスって国が何をしてるかを知っていると、その裏まで容易に邪推できてしまう。


 戦争は現王の前の世代から既に始まっている。すぐに止めることは不可能だ。このような犠牲を強いる戦争を終わらせるため、力を貸してほしい。

 ノエルが言われたという言葉も、ディアフィス側から攻撃して戦線を拡大させていると知っていれば勇者を抱き込むための甘言にしか聞こえない。

 そうやってノエルを戦場に放り込み……降りかかる悪意は、着実に少女を汚していく。

 彼女が標的を全て始末するのは、敵の子供を見逃したせいで仲間を喪ったから。

 彼女が敵に一切の情けをかけないのは、その迷いが守りたい人々を何度も傷つけたから。

 それでも彼女が戦うのは……吹き込まれた甘言(理想)を、信じているから。

 どんな傷も厭わず任務をこなし、どれだけ嫌悪されようと決して歪まず、ノエルはただ人々を守るために戦い続ける。

 ああ、彼女はまぎれもなく勇者だ。

 ……初めてかもしれない。誰かに対して、許せないとまで思ったのは。


「――あ、ごめんね。暗い話ばっかりしちゃって」


 無意識のうちに拳を握りしめていた。

 それをどう捉えたか、ノエルは申し訳なさそうに謝ると話題を変える。


「それで、今何をしてるかって事なんだけどさ」

「え? ああ、うん」

「昨日、警報が鳴ったのは知ってる?」

「えーっと……まだギリギリ王都に入る前にそれっぽいのは聞こえたかも」

「あれは城を対象にした魔法・魔力に反応する結界。魔力の規模で警報のレベルも変わるんだけど、初めてその最上級が鳴ったんだって」

「それって……拙くない?」

「大丈夫、ユウキもボクが守るからさ! 魔力探知だけは得意なんだ、次にそいつが魔法を使えば一発で見つけてみせるよ。……流石に、王都を出られてたら厳しいけどね」

「十分だよ。さすが勇者、頼もしいね」


 少し持ち上げてみせると、ノエルは照れくさそうに笑う。

 その笑顔がなぜか痛かった。湧き上がる罪悪感を押さえつけて思考を進める。

 本格的に動き出す前で良かった。でも、催眠が使えないのは厳しいな。


 …………。

 それと…………。


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