3.魔王領
新シリーズ3話投稿の三話目です。
「……ユウキ。オレたちを、どうするつもりだ?」
「全員独り立ちできるくらいまでは、面倒見るつもりだけど」
「は?」
「放っておけないって自己満足と、何かの時に頼れる相手が欲しいって少しの打算。深く気にする必要は無いよ」
「…………」
「ところで、僕からも聞きたい事がある。……僕は一度、勇者に討たれた魔王だ。それは知ってる?」
「ああ。北域最強の魔王『凍獄の主』は七年前に現れ、その二年後に消えたって聞いてる。ここらじゃ有名な話だ」
「あと、ここはどこ?」
「おい。今更かよ」
「たぶん大陸北部の地図は大体頭に入ってるけど、五年間で大きな変化はあった? ってことだよ」
って、最強? 勇者相手に手も足も出なかったのに。
日本での知識だけど、魔王ってのはもっと圧倒的なものだろう。
……やっぱり黒歴史だった。深く考えるのはやめよう。
地図に関しては、奴隷だった頃ほぼ毎日見る時期があったから間違いない、はず。
日本で過ごしてる間に妄想補正が掛かってるとかだったらその限りじゃないけど。
「あー……えっと……」
「ここは南のエスディクルとの国境から一番近い町。勇者があの後どうしたかは分からないけど、そう遠くない内にまた幾つかの町は消えるでしょ」
「……そうか。勇者の行動の理由とかは――」
「知らない。気が付いたらいきなり町が滅ぼされてたんだもの」
レンはその辺りの知識に明るくないのか、代わりにレミナが答えた。
正直、正当な理由もなく街を滅ぼしたり魔物を嗾けて人間を襲わせたり、当時の僕は討たれるべき存在だったと思うし。
なんだかあの勇者がそういう非道を働くようには、どうも思えない。
可能性として一番高いのは、国の道具にされてるとかだけど……話を聞くにも子供しかいないし、情報が足りない。
それより、当面この子供たちを養うとなると問題は衣食住の確保だ。
僕だけなら昔みたいに氷の宮殿を作って間に合わせるって手もあるけど、普通の人間にそれは厳しいし。
「はいはい、注目ー」
「「「…………」」」
手を叩いて注意を集める。
不信感が剥き出しの三十四の瞳に見つめられて心が折れそうだ。
あやふやながらも地図を脳裏に思い浮かべる。
東に向かうことを告げると、向けられる不信感は更に強くなった。
「なんで東に? そっちには森しか無いわ」
「だからだよ。何が起きてるのかは分からないけど、それなら敵も来ないだろ? 安全地帯なら確保できるし」
子供たちの独り立ちを最終目標にしておきながら、人里から遠ざかるのはどうだろう? と思わなくもないけれど。
嫌な世の中だけど、このサグリフ大陸で物を言うのは力だ。
仮に今いる十七人の子供のうち十人が傭兵にでもなれば、十七人全員が食い扶持に困らないくらいには安定した生活が望めるだろう。
練兵技術なんて持ち合わせていない僕に、どれだけ出来るかは分からないけど。
やれるだけの事をやっていくしかない。
一応地元って事もあって、移動はかなりスムーズだった。魔法で補助したってのもある。
森に入ったところで棲息する魔物と交信を始める。
魔物が単なる野生動物と異なるのは魔法を使う点だ。そして、理由は分からないけれど魔王に従い人間に敵対する。
意思の疎通は……言葉では説明しにくい感覚的なものだ。
この森に棲んでいる魔物は狼型。鹿や弱った熊なんかを狩って生きているらしい。
今連れている子供たちを襲わず守るように命じると、渋るような数秒の葛藤のあと承諾の意思が伝わってきた。
野生動物は近づく前に処理しながら進み、結構深いところで止まる。
今からやる事は昔とあまり変わらない。
まず張れるだけの大きさで結界を張り、空間を捻じ曲げて外界と遮断。次に、僕らの周りにある木々を適当に喰らっていく。
出来たのは小さな木立の点在する大雪原。
大体の形としては森の中に結界があって、その結界は外周付近を除いてほぼ雪原になってるって感じかな?
僕が言うのもなんだけど……魔王の力って、これだけの事が出来るのか。
それでも勇者みたいな上がいるのがこの大陸の怖いところ。
身を隠す木々を失った野生動物が驚いたように辺りを見回している。とりあえず手近な鹿と熊を凍らせて衣類と食事を確保。
で、結界の内側にいた狼たちを呼び集める。
「えっと……聞いてる?」
「「「!!!」」」
「この狼たちは味方――というか、敵じゃないから覚えておくように」
声もなく頷く子供たち。
やっぱり怖がらせちゃったか。まあ、多少のインパクトがあった方が記憶には残ると思うけど。
狼たちは次の出番があるまで解散。
最後、住居は……地道にやるしかないか。
暖めることはできないけれど、冷やさないことならできる。
応急処置的に特大のカマクラの氷に周囲の冷気を閉じ込め、結界で一時的に外部の冷気を遮断。
氷漬けにした獲物を魔力で持ってきて、と。
ああそうだ、水も要るな。雪原の地形をいじって窪地を作り、魔力で生成した純水で満たす。
「火属性の魔法が使える子、料理が出来る子、裁縫が出来る子はいる?」
「「「…………」」」
やっぱり返事は無い。
ただ、列挙した時のそれぞれの視線を見れば大体分かる。
幸いおよそ十二人……ほとんどはどれかに当てはまるらしい。
「僕は自生してた野菜を取ってくるから、外の動物を料理しててほしい。出来る?」
「……道具が無い」
「ああ、ちょっと待って――はい、人数分」
急造で少し小さいけど、鹿の角を削ってナイフを作る。刃の部分は魔力で強化したから十分使えるはずだ。
薪用だった木も幾らか加工して食器やまな板として利用できるようにする。
レミナを始めとして何人かが頷いたのを確認して、僕はカマクラを出た。
※2015/9/9 一部修正