2.廃墟
新シリーズ3話投稿の二話目です。
――滅びを撒き散らす狂った勇者に死の裁きを!
「……は?」
目を開けて最初に飛び込んできたのは、そんな意味の文字列だった。
内容の苛烈さとミスマッチな幼い筆跡が不安を煽る。
文字列から少し視線を下げると、そこには粗末な服を着た二人の子供が立っていた。よく似た顔立ちを見るに、姉弟だろうか。
「……アンタが『凍獄の主』」
「違う。もう僕そういうのはやめたから」
「え……?」
厨二病時代の名前を呼ばれて反射的に否定する。
ここに来てようやく頭が働きだした。
僕の恰好は自動車に撥ねられた時と同じ、高校の制服姿。
――じゃあ、此処はどこだ?
こんな江戸時代の掘立小屋みたいな木造建築、日本に産まれて以来十七年の人生で見たこともない。
だというのに、見覚えがある。
それは妄想の産物だったはずの記憶の一つ。
サグリフ大陸北部、貧民街の標準的な家だ。
身体に魔力が通う感覚といい、何もかもが嫌な懐かしさを帯びて押し寄せる。
正直、夢で済んだら良いのにと思う。
この世界に良い思い出なんて一つも無いし、日本に勝るところなんて自然環境くらいだ。
何より日本での僕がどうなったのか分からないのが心配だ。
ようやく厨二病も治ってまともな孝行ができるってところで……万が一にも事故死なんてことになっていたら親不孝にも程がある。
「違うって言うなら……アンタは何なんだ」
動揺から立ち直った弟の声に意識を引き戻される。
今の僕は黒歴史そのままの状況に立たされている訳だけど……日本での名前を使わせてもらおう。
状況が変わっても、父さんと母さんに願われた生き方が出来るように。
「優輝。守矢優輝だ」
今の状況は……聞かなくても大体判断できる。
空気に混じった濃密でまだ新しい血臭と最初に目に入った文字列、そして次第に薄れていく魔力と足元の魔法陣。
勇者による虐殺があって、生き残りが復讐の為に僕を召喚したってところか。
魔力を拡散させて外の様子を窺う。
思いの外大きな町だな。難を逃れたらしい子供の反応もそれなりにある。
……おかしい。
これだけの破壊の割には生き残りが多い。
まるで襲撃者が、できれば人に当てないように力を振るったような……。
なんにせよ、放っておくわけにもいかないか。
姉弟に背を向け、ドアノブに手を掛ける。
「お、おい! 何処にいくつもりだ!」
「……十五人」
「?」
「生き残りの数。とりあえず集めないと何も始まらないし」
…………っ!
覚悟してたとはいえ、やっぱりこの光景はキツい。
町を貫く通りには無残な死体が転がり、建物は見る影も無く破壊されている。
ど真ん中を大きく吹き飛ばされた家に上がり床に紛れた収納スペースを開けると、そこでは顔にそばかすを散らした少年が震えていた。
「オリク! 無事だったのか!」
「レン……レミナ……? 親父は、兄ちゃんは大丈夫なのか!?」
「それは……」
「――死んだわ。ほら、そこに」
「ストップ。オリクには悪いけど、先を急がせて」
そこはかとなくプレッシャーを掛けて落ち着かせると、同じ要領で残る子供たちも回収していく。
途中で我慢できなくなった子供は魔力で浮かべて半強制的に連れ回すことになったけど仕方ない。
強力な魔法でも炸裂したのか更地になった所を見繕って腰を落ち着ける。
生き残りの中でも最年長らしい姉弟、レンとレミナのおかげもあって、子供たちはだいぶ落ち着いてきたように見える。
その子供の一人が、躊躇いがちに僕を指さした。
「……誰?」
「優輝。一応、元魔王――って、ちょっと待った」
「は、放せ!」
「逃げても良いけど、これからどうするつもり?」
「知るか! でも死んだらおしまいだろ!」
名乗った瞬間に駆け出した赤髪の少女を魔力で制止。
その口から飛び出したのは意外にも正論で、少し言葉に詰まる。
……とにかく、やる事をやっていくしかないか。
子供たちを集める時、同時に仕込んでおいた魔力を起動。街中の死体を更地に集める。
反応は大きかった。
子供たちは皆誰かしらの名前を叫びながら駆け寄り、物言わぬ骸を懸命に揺する。
それからしばらくして慟哭がすすり泣きに変わった頃、僕は死体から子供たちを引き離した。
「……お別れだ」
僕も両手を合わせてしばし瞑目。
死体を凍らせ、魔力を込めて全て粉々に砕く。
……この世界じゃ死体を利用するような輩はゴロゴロしている。
それを防ぐにはきちんと葬るしかない。
子供たちもそれを知っているのか泣き疲れただけかは分からないけれど、これ以上取り乱すこともなかった。
※2015/9/9 一部加筆