18.魔王領――10
「王の座がいつまでも空白では民に示しがつくまい。余は城へ戻るつもりじゃ」
「…………あ、うん」
ラミスの考えに辛うじて相槌を打つ。
幾らか譲って、王としての責務を果たそうとする心構えは認めよう。
だがそれ以外の点からすれば、その判断は下策も良いところだ。
「一応、聞いておきたいんだけど。具体的に何をすれば良いかって分かってる?」
「臣下の声に耳を傾け、民の暮らしを把握し、道理が曲がろうとしておれば正せば良いのじゃろう?」
「正解。……じゃあ、今その道理が曲げられてるってのは分かる?」
「のじゃ?」
「王族は国の要。最優先で守られるべき人物だ。そのお膝元である王宮が爆発するっていう事態がまずおかしい。王宮は何者かがラミスを害せる状況にあるって事だ」
「じゃ、じゃが、まだそうと決まったわけではあるまい! 何らかの事故の可能性も……」
「それでも、現にこうしてラミスはここにいる。王宮の危険から君を逃がしたって事じゃないんだとすれば、それ自体が敵の狙いだったことになる」
「なら尚の事、急いで戻らねば!」
「落ち着いて。僕は二つ目の可能性は低いと思ってる。なんでかって言うと、敵にはわざわざラミスを僕らの元に誘導する理由が無いからね」
それ以外の可能性だって考えられないわけじゃないけど、今それは伏せておく。
一気にラミスに話して理解してもらえる保証もないし、そのレベルになると深読みや考え過ぎと区別がつかなくなってくる話だからキリが無い。
流石に自分が戻っても出来ることは無いことは察したらしい。
ラミスは沈鬱な表情で顔を俯かせた。
「…………なら……余は、どうすれば良いのじゃ……」
「……最低でも此処にいれば、君の安全は保証する。君を逃がそうとした人の意思には沿うだろう」
「…………っ」
「ラミスは王族である以前に、まだ子供なんだ。無理に自分で何かしようとする必要は無いよ。……それじゃ。ひとまず、僕らは君を歓迎するよ」
それだけ言って部屋を後にする。
……僕が全力を尽くした結界が一度破られたのは事実だ。
一度あったことなら二度目もあるだろうし、どう考えてもラミスは厄介事の種になる。
どこか無感情にそんな打算的な事を考えている自分がいた。
でも。
あんな良い子に目の前で泣かれて、情が移らないはずがなかった。
さて……まずはサグリフ王朝の現状を調べる必要があるな。
情報収集に関しては、気は進まないけど洗脳を上手く使えばこなせるはずだ。
頭の中で考えをまとめながら隣の部屋のドアを開ける。
そこでは案の定、シェリルたちが聞き耳を立てていた。
「事情は分かった? やり過ぎない程度に気を遣ってあげて」
「分かった」
「あと、サグリフ王朝について聞きたいんだけど……あれ? トゥリナは?」
「話の最初の方に、気になることが出来たって出てったぜ」
「トゥリナもサグリフ王朝って言葉が気になったみたいね。ちなみに私は聞いたこともないわ」
「へぇ……?」
カミラと違って、僕にはサグリフ王朝の名前に覚えがある。
……勘違いかもしれないけど。
ただ、トゥリナも気にしたってことは存在自体は本当なのだろう。
僕から探しに行くか……。
そう考えた時、勢いよく扉が開いた。
珍しく息せき切って入ってきたトゥリナは、手に一冊の本を持っている。
「トゥリナ、それは一体――っ」
開かれたページ、指で示された場所を見て息が詰まる。
「大陸歴971年 サグリフ王朝が倒れ、新たにディアフィス聖国が興る」……そこには確かに、そう書かれていた。
確か、今が大陸歴で998年だったから……二十七年も前に、サグリフという王朝は消えていることになる。
本を確かめてみるけど、れっきとした歴史書だ。
今ある国に都合が良い内容な可能性も十分あるけど、それでも国の興亡の時期を偽る必要はない。
考えてみれば大陸の名を冠するほどの国の名がマイナーなのがそもそも不審だった。
地球であったみたいに似た名前の国が幾つもあるパチモンの一つなら別だけど、サグリフにそんな話はない。
大陸の中央に位置するディアフィス聖国の前身がサグリフ王朝だとすれば、その部分には説明がつく。
「じゃあ……あの子は、王朝が滅んだのを知らないってコト?」
「おそらくな。或いはその事実を認められていないか――」
「――もしくは、王朝が滅ぶ前の時間から来たのか」
「何言ってんだ、ユウキ?」
「あくまで可能性の一つだよ。僕だって時間移動なんて現象が実在するかは知らない。でも、シェリルとトゥリナは覚えてるかな? 最後にティスと一緒にいた奴のこと」
「?」
「……ぼんやりと。だって、あの後すぐに別れたから」
「そ、そう。……アイツが絡んでるなら、それくらい突飛なことも起こりかねない気がしてさ」
「よく分かんねーけどさ、時間に関しちゃ本人に聞けば済む話だろ?」
「それもそうだけどね」
ディアフィス聖国といえば、勇者の暴走の糸を引いてる国の名前だ。
……酷く、きな臭くなってきた。




