169.セントサグリア
「――父さん。第二王女からまた手紙が届いてますよ」
「分かった、ありがと」
背後から聞こえてきたラングの声に振り返り、差し出された手紙を受け取る。
どう見ても自分より年上の相手に父と呼ばれるのはいつまで経っても慣れる事はない。ふと覚えた違和感から逆説的に玄孫の成長を感じさせられる。
手紙に書かれていたのはいつも通りの内容。
また新しい発明品が出来たから見に来いというものだった。
「あれ? ユウキ、どこか行くの?」
「いつもの呼び出し」
「ああ、なるほど。いってらっしゃい」
廊下を歩いていると、洗濯物の山を抱えたノエルとすれ違った。
手紙を見せると納得した様子で見送ってくれる。
あれから――ラミスに協力してサグリフ王朝を取り戻してから、百年近い月日が流れた。
昔ながらの街並みの中の些細な変化が、今日は不思議と目を引く気がする。
出かける直前に眺めていた風景のせいだろうか。
孤児院の庭でリエナと遊ぶ子供たちの姿は、どこか結界にいた頃の眷属の皆と重なって見えた。
魔王の眷属……特に魔人と言われるほど強く影響を受けた者は、魔王同様に老いる事は無いのだという。
彼らの多くはラミスの退位に合わせて近衛の任を離れ、新しい人生を選んだ。
元気にしているだろうか。今度時間を作って会いに行くのもいいかもしれない。
そんな事を考えていると、あっという間に城まで辿り着いていた。
ジャミルに用意してもらった手形で門を抜け、城の奥にある部屋へ向かう。
「やあ、お待たせ」
「遅いぞ、ご先祖様っ!」
扉を開けるやいなや顔に柔らかな衝撃。
投げつけられたクッションを元の位置に戻しながら部屋に入ると、ラミスと同じ深い藍色の長髪を何故か逆立たせた第二王女――ルミナが仁王立ちしていた。
「そのご先祖様って呼び方は――」
『今回の発明はコレじゃ!』
僕の抗議を遮って喋ったのは、ずいと突き出された手乗りサイズの木箱。
……なるほど。
確かにその箱の中からはかなりの電気が漏れ出している。
試しに氷棒で二の腕をつついてみると、ルミナは悲鳴を上げて飛び上がった。
「同じ発明なら三十年前にやってた人がいるね。それも帯電しないやつ」
「うぬぅ……そうか。また今度設計図を持ってきてくれ」
「仰せの通りに」
日常の用事なら魔法で済ませられる事もあって、サグリフ大陸に機械の類はほぼ存在しない。
でも、どんなところにも変わり者というのはいるものだ。
その技術が失われるのは勿体無いと思って、そういう変わり者たちを訪ねて設計図やアイディアを保存させてもらっていた事がある。
恨みがましい視線を向けながら二の腕をこすっているルミナも、そんな先人に続こうとする一人だった。
その発明は今回のようにどこか抜けているけれど、様々な分野に跨った知識と発想を背景にしている。
いつか本当に凄いものを生み出しそうに思えるのは身内の贔屓だろうか。
「そういえばご先祖様は聞いておるか? 今年の祝年祭の予定」
「いや、まだだよ。今年は誰が来るの?」
祝年祭は新年を祝う大陸共通の祭りだ。
日本でいうならお正月だけど、行事としての実態はクリスマスに近い。
この日は王家の子供がお忍びで孤児院に遊びに来るのが通例となっている。
王族ともなれば公務もあって中々スケジュールが合わないものなんだけど、僕の問いにルミナは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ふっふっふ……なんと、全員じゃ! もっとも、適宜入れ替わりながらという形になるがの」
「へぇ、そうなんだ。皆もきっと喜ぶよ」
「うむ。余も楽しみにしておるぞ」
……困った。ルミナは勿論、兄弟三人ともプレゼントのチョイスが難しい年ごろだからな……。
お菓子や小物でお茶を濁すのも厳しいし、設計図や魔道具の類は普段からあげているせいで目新しさに欠ける気がする。
「ちなみに余はこの機に新しい学術書でも貰えると嬉しいのじゃ。兄上とリルムについては、まぁまた聞いておこう」
「ありがとう、助かる」
僕の抱いた不安は御見通しだったらしい。
どれだけ年を重ねても、こういうところでは敵わないな。
魔王の生がどれだけ長いものになるのかは、まだ想像もつかない。
不安はある。置いて行かれる辛さも、これから何度も味わう事になるのだろう。
……だとしても。これからもこうして、大切な人たちを見守って生きていきたい。
そんな風に思う。
今作はこれで完結です。
拙い作品でしたが、最後までお付き合いくださった皆様に感謝を。
以後、月曜~金曜日は「その執事、異世界帰り」を更新していきます。
宜しければそちらの方もお願いします。




