168.セントサグリア――32
――翌朝。
人目を忍んで城を訪れた僕らは、氷像も交えてラミスと密会していた。
「……それで、ユウキたちはこれからどうするのじゃ?」
「うーん……帝国との戦いは優勢なんだっけ?」
「快勝、と言っ……いだろう。今から汝……駆け付……うとも介入する余地……るまい」
「そっか……」
クリフの言葉が所々聞き取れないのは、クリフ自身……つまり大陸の意思の干渉が弱まってきているからだ。
そもそもクリフが目覚めたのは、大陸に悪影響を及ぼす勇者の力に対処するため。
それが果たされ王旗の儀式も蘇った今、その意識は眠りに就こうとしている状態らしい。
このままだと数年の時間をかけてこちらとの繋がりが薄れていき、最終的には完全に眠りに落ちる。
セジングルのアルディスこと魔王「万緑を言祝ぐもの」のような能力ならちょうど夢の中に語り掛けるように干渉できるそうだけど、それは今のラミスでも難しいくらい特殊な才能との事。
ともかく、そういう事なら南の戦線の心配はいらないだろう。
元より未知の勇者とか魔王クラスのイレギュラーがあったって何とかなりそうなくらいの魔王に魔人がそろい踏みしてるわけだし。
そして最大の懸念事項だったヴィンターについても決着がついた。
「じゃあ、特にする事は……無い、かな」
「ならばこの城に部屋を用意しよう。武官でも文官でも、望むなら近衛に使用人に御庭番まで好きな肩書を選ばせてやるのじゃ」
「それ部屋じゃなくてポスト!」
「大した違いは無かろう。まあ、考える時間なら幾らでもある」
有り難いけど、それはコネとか裏口って奴じゃないだろうか?
戦力とか魔力で何とかなる分野なら埋め合わせが効くだけの働きは出来ると思うけど……。
頭の中で一つの考えが形になりかけた時、黙って話を聞いていたアリシアが口を開いた。
「その……私の立場で言えた事じゃないかもしれないけど。一つ、お願いがある」
「以前話しておった人質の事かの」
遠慮がちなようでいて譲るつもりの無い声。
ラミスの確認を剣の勇者は無言で肯定した。
「先に一つ訊く。もう、汝が我らと敵対する理由は無いな?」
「……うん」
「ならば我らも、汝の行動を縛る事は無い。好きにするがいいのじゃ」
確かめるようなラミスの視線に小さく頷く。
アリシアは深く一礼すると、正規のルートを通る手間さえ惜しむように窓から身を躍らせた。
その様子を見送った後、ラミスはノエルとリエナに視線を移す。
「汝らは――訊くまでもないか」
「まぁね」
「……当然」
「三人で過ごせる部屋か……うむ。後で適当な御庭番に案内させよう」
そう言ってラミスは手元の紅茶を口に運び――。
「――ラミス様はこちらですね」
その動きが、ぴたりと止まる。
施錠されていたはずの扉がひとりでに開いていく。
その先に立っていたのは束ねられた書類を小脇に抱えたコーネリア。
「先日の戦闘について説明を求める文書が複数。少なくとも南部に派兵した王朝軍には至急ご返事ください。下手をすると全軍戦場から引き返してくる恐れがありますので」
「のじゃっ!?」
万が一そんな事になれば、勝利を目前で放り出すって実害だけじゃなく国とか軍の威信その他色々なところで結構な不都合が生じるのは間違いない。
ラミスは一気に紅茶を飲み干すと、コーネリアを巻き込んで慌ただしくその場を去って行った。
しばらく呆気にとられたような沈黙が続いた後、気を取り直したノエルが僕を見る。
「ラミスはああ言ってたけど。ユウキももう、どうするか決めてるんだよね?」
「まぁ、一応」
ノエルにはお見通しか。
多分、気付いているのはリエナも同じなんだろう。
二つの視線が真っ直ぐ向けられる。
「僕は――」
明日は木曜日ですが、例外的に次話を投稿予定です。




