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165.セントサグリア――29

「ガァァぁアアアあああアアアッ!」

「はぁっ!」


 怪物の全身に開いた口から、四方八方へ乱射される汚濁の奔流。

 こちらに向かってきた一発はアリシアが受け流し、建物へ向かったものは僕が氷に残された魔力をピンポイントに集める事ですんでのところで受け止める。


「シャァアアア!」

「っ……!」


 次の瞬間、ブレスの影から伸びてきていた怪物の触手が姿を現す。

 二つに裂けた先端に生じた顎門がアリシアに迫り――横合いから、同じ構造の顎門に喰いつかれた。

 普段より巨大な触手、濃密な瘴気。

 不意打ちを防いだのと同じ触手を無数に従えたリエナが怪物を見据える。


「……ボクの、瘴気なら」

「それ借りるよ」

「ちょっ!?」


 リエナが無茶を口走ろうとした時、ノエルが彼女の纏う瘴気に氷剣を突っ込む。

 特に魔力を込めて作った剣だし、そりゃ少しは保つけど!

 瘴剣とでも言うべき状態になったそれを引っ提げ怪物へと突っ込んでいくノエルに、一瞬呆気にとられていたリエナも続いた。


「……あぁもう! ラミスは後ろで援護を、アリシアはフォローをお願い!」


 確かにあらゆるものを蝕む瘴気ならあの怪物にも有効だろう。

 でも、敵の穢れが危険なのは変わらない。

 瘴剣なんて強引な代物がへし折れるのにそう時間は掛からないし、リエナだってあれだけ瘴気を表に出せばいつ暴走するか分からない。


 ……でも。

 僕がその場で魔力を補充すれば、瘴剣も多少は長く使えるはずだ。

 同じ魔力と氷を持つ僕なら、リエナの状態を安定させられるかもしれない。

 なら、僕も傍で戦う他無いだろう。

 深呼吸する間も惜しんで腹を括ると、僕は生成した双剣を両手に二人の後を追いかけた。


「――ァァアアアアア!!」

「っと……!」


 狂乱する怪物の腕を躱し、ノエルの瘴剣に魔力を補充する。

 すぐ傍を通り抜けていく攻撃の威力は凄まじい。

 汚染された空間も身体をじわじわと蝕んでくる。

 でも、まだ体力は残っている。攻撃だって十分避けられる。

 リエナの背後を狙う腕に凍気を叩きつけて逸らしていると、怪物の叫声に意味のある言葉が混ざった。


「ドコだ……貴様ラ……。目ヲ……、もット、眼ヲ……!」


 精神をヤスリで削るような掠れ声に呼応したかのように、あちこちに眼球が生成される。

 ……でも。

 さっきから、僕らを見ている眼球は存在していた。

 それに、闇雲に見える攻撃だって全て僕らを狙ったものだった。

 なのに。

 声は依然として僕らの姿を探し続ける。


「ヴィンターの意識が、剥がれかけてる……?」


 呟きに返ってくる答えは無い。

 戦いはその苛烈さを衰えさせる事なく今も続いている。


「負ケ、た…………ノカ……? スたークの…………俺ノ、怨念……ハ……」


 それが最後に聞き取れた言葉だった。

 後はただ理性を欠片も感じさせない叫びが放たれるだけ。

 きっと、このときヴィンターは本当の意味で消滅したのだろう。

 残されたのは一匹の、最悪の怪物。


 怪物はずっと成長し続けていた。

 僕らの状態は、半ばその体内に取り込まれたようなものだろう。

 外側(、、)の様子も途切れ途切れにしか窺い知れない。

 見渡す限りの触腕の中を潜り抜けるように胴体へ攻撃を加え、手近な触腕を斬り飛ばし、手の届く範囲だけでも増殖より殲滅のスピードが上回る状態を保ち続ける。

 正直、勝手に消えたヴィンターの意識に考えを割いていられる程の余裕なんてどこにも無かった。

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