164.セントサグリア――28
やったか……!?
今の僕に出来る最大の物理攻撃。それが、この上ない状態で完全に入った。
口にこそ出さなかったけれど、確かに仕留められたはずだ。そう思っていた。
「グ……がッ……」
「「「っ!」」」
聞こえてきた声に、氷剣を握り直して身構える。
氷塊の一撃で更に広がったクレーター。
その縁を、肥大化した黒腕が掴む。
掴む。
掴む。
掴む。
「ソ……そノ、程度で……コノ、俺、ガッ……」
地獄から亡者が這い出るかのように。
無数の腕が、その下に沈んでいた身体を引き上げる。
それは、あまりに理解し難い形をしていた。
蜘蛛……そう例えるのが一番近いのだろうか。
黒紫の肉塊と化した胴体に頭は沈み込み、そこから大きさの不揃いな腕が、脚が、尾のような何かが、秩序も何も無く滅茶苦茶に飛び出している。
「図ニ乗ルナよ……貴様ラなド、コノ力の前、デハ……!」
脚の一つに生まれた裂け目から血走った眼球が覗き、絶句する僕らを捉える。
腕の一つがドス黒い血飛沫と共に折れ曲がり、その断面が顎門となった。
「マズっ――」
放たれた汚濁は、怪物の身体そのものさえ巻き込んだ波濤だった。
ただのブレスなら斬り裂けば消える。
だけど実体を伴っているなら、その質量は斬撃の余波で吹き飛ばす必要がある。
一か八か、手元の氷剣を凍気に変換して迎え撃てるか……僕が賭けに出ようとした時だった。
「はぁああッ!!」
後方から一直線に飛び出した影が、迫る奔流に剣を叩きつける。
「これなら……!」
「ふッ――」
「もうひと押し、なのじゃ!」
僕とリエナが斬撃を重ね、更にラミスが駄目押しの岩弾を撃ち込む事でどうにか致命の一撃を退ける事が出来た。
一息つく間もなく更に怪物へ突っ込んで行こうとするもう一人――ノエルを、氷鎖で捕まえて引き戻す。
「止めないでユウキ! ボクだって――」
「……分かった。だったらせめて、これを使って」
ノエルが戦いをじっと見ているだけなんて出来ないのは分かっている。
でも、全身を穢れに染め上げたアレと徒手空拳で渡り合うのは無謀だ。
「え? でも、ボクは……」
「大丈夫。ノエルなら使える」
それまで持っていた氷剣を受け取ったノエルは戸惑いの声を上げる。
だけどおそらく問題は無い。
……己の武器を持たない拳の勇者。
その評価はきっと彼女の側面の一つに過ぎない。
僕の予想が正しければ、ノエルは――。
そんな事を考えながら、最初に飛び込んできた人影に声をかける。
「アリシア」
「私も、戦う。もう……彼は眠らせるべきだ」
「そうか」
そこにどれだけの葛藤があったのかは分からないけれど。
今のアリシアの瞳には痛みの色こそあれど、もう迷いは残っていなかった。
「それで、どう攻める?」
「……さっきまでの攻撃が、効いていないわけじゃないと思う。着実にダメージを重ねていけば――」
「――ゴァァアアアアああアアアアアッ!!」
声は途中で遮られた。
雄叫びを上げる怪物の身体が狂ったように暴れ回り……氷が、解けだした。
氷だけじゃない。
むき出しの地面も、そして空気そのものさえドス黒く穢され怪物に取り込まれていく。
手足は更にその数を増やし、元より小さくは無かった異形は目に見えて膨らみ始めた。




