162.セントサグリア――26
僕の氷が貫かれるとは思ってもみなかった、なんて自惚れるつもりは無いけれど。
……拙いな。
あの攻撃を無差別にばら撒かれた日には城下町の――いや、王都の壊滅は免れない。
今は蹲るような姿勢で右腕を地面に突き刺しているが、立ち上がればその巨体は三mを超えるだろう。
いま濤凍華を撃ち込んだ結果からすると、こちらの魔法は一度魔力に還元されてから取り込まれていた。
氷という実体を持って現れる凍結系の魔法は凄まじく相性が悪い。
なら……。
「……穢れを削れ。『凍絶蒼剣』」
いつもより大きく、硬く、鋭く。
周囲の魔力を氷剣として成形し、ヴィンターに奪われないよう強く固定する。
深呼吸して覚悟を決め、僕はその怪物の前で氷惑蒼衣を解いた。
「……『凍獄の主』カ……」
「さあ、知らない名前だね」
呪詛めいた呟きが止まり、異様にギラついた双眸が僕を捉える。
無残に狂い果てた姿でありながら、向けられた問いはいやに明瞭だった。
「そんな最強の魔王なら、お前なんて一撃で倒してるよ」
「フッ……クク、くハハハハハハッ!」
一息に間合いを詰め、首を落とす軌道で氷剣を一閃。
ヴィンターは避けもしなかった。
耳障りな哄笑を聞き流しつつ、身体の半ばまで食い込むに留まった氷剣を抜いて距離を空ける。
「……痛くも痒くもない、か」
瞬く間に塞がる傷口を眺めながら呟いた時、幾つかの気配がほぼ同時に広場へ集った。
「アレは――」
「ヴィン、ター……?」
「アリしアか……残念ダ」
ヴィンターから見れば、今の状況はアリシアが僕らに寝返ったように見えるのも無理はない。
動揺するアリシアをノエルが抱えて飛び退り、躊躇なく放たれた汚濁の奔流から辛うじて逃れる。
「ヴィンター・スターク……遂にそこまで堕ちたか」
「堕チた? 違ウな、浅まシキ女王陛下」
「なに?」
「スタークの者は選択ヲ誤らなイ。こレコそが過ちを正す最適解トイうだけの事」
「巫山戯るな! このような方法で正されるべき過ちなど――」
「見ルガいい! 王族の神秘も! 大陸ノ意思も! 我らガ叡智の前には等シク欺瞞ニ過ギンとイう事をッ!!」
「っ……!」
ラミスの叫びを遮ったヴィンターが右腕を地面から引き抜く。
その動作一つでさえ、衝撃波を撒き散らす攻撃となった。
あの怪物たちの延長戦上にあるとは思えない力。
それは、どこから来ている?
魔力を喰らう能力。
広場に右腕を突き刺していた姿。
パズルのピースが嵌るように、最悪の答えが導き出されていく。
この広場では、毎年何が行われていた?
――最初にヴィンターの姿を見た時、何をしているように感じた?
「お前……王旗の力を――!」
「だカラ言ったダロう。スタークの叡智ノ前ニ、欺瞞ハ通ジんと」
傲るでもなく、勝ち誇るでもなく、まるでこちらの無知に呆れるような調子でヴィンターが告げる。
……それが、何より明確な答えだった。




