159.隠れ屋敷――6
ヴィンターの父親、ドート・スタークは天才だった。
いや、僕は当然としてアリシアも彼を直接は知らないし、ドートの記録は抹消されているそうだから本当の事を知っているのはヴィンターや当時ディアフィスに居た人間くらいか。
しかし、少なくともヴィンターの語る彼は「およそ人智の及び得ない領域に至った」天才だったらしい。
それはディアフィス聖国が成立した出来事の前後の話。
あのヒューゴの父であるヒース・ディアフィスが起こした革命に、ドートは己が研究のため協力した。
魔術師であり研究者であったドートはヒースに忠誠を誓いつつ更に研究に励んでいたが……ヒースがこの世を去り、ヒューゴが玉座についてから事情は変わる。
先代から仕えていたこの老人を疎んだヒューゴはあるとき彼を謀殺。
勇者召喚の魔法陣をはじめとした研究成果の全てを奪うと同時に貴族でもあったスターク家を取り潰し、その記録は徹底的に抹消された。
突然に何もかもを奪われたヴィンターは復讐を誓い、自らの才覚で貴族の地位を取り戻して牙を研いでいたのだという。
「……けれど。ディアフィス聖国はあなたたちに滅ぼされた。裁きを受けたヒューゴはもうどこにもいない」
「じゃあ、今のヴィンターは何のために動いているの?」
「奪われた全ての破壊。父の研究成果を、それが呼び出した勇者たちを、ディアフィスを滅ぼして生まれた今のサグリフ王朝を消し去る事。……アレは、その過程で生み出された失敗作」
アレ、というのは……屋敷の中で戦ったものだろう。
それよりも、だ。
話だけ聞いていればドートが被害者のようだけど……彼が本当にヒューゴの言うような天才だったのなら、記録が抹消されたといってもその功績まで知られていないのは不自然だ。
いつぞやのコーネリアの言葉を思い出せば、勇者召喚の技術が彼の手によるものだったというならドートの才能は本物だと言える。
なら、この二つの事実が指し示すものは何か。
ドートの研究の内容は、公にする事が出来ない類のものだったのではないか。
それこそ、あのヒューゴでさえ捨て置けないと判断する程に。
そして……ヴィンターがその技術を継いだのだとすれば、生み出される脅威の程は計り知れない。
「ちょっと待って。勇者を全員殺すっていうなら、そこにはキミも含まれるんじゃないの?」
「……わたしは、違うって」
横で聞いていたノエルが声を上げると、アリシアはゆっくり首を横に振って否定した。
納得していない様子のノエルを見て、更に言葉を重ねる。
「わたしは、勇者である以前に……友人、なんだって。それがもし嘘だとしても……これまでの恩もある。裏切る事は出来ない」
「相手が危険な悪人だって分かっていても?」
言葉としての返事は無かったけれど、その首肯に迷いは無かった。
ノエルも、そしてリエナも、思うところがあるような顔で沈黙している。
「これ以上、話せる事はあまりないと思う。まだ何かある?」
「……じゃあ、最後に一つだけ。もし君と、人質にされてたって誰かの安全な生活を保障するって言ったら――」
「駄目。……あの人がおかしくなったのは、あなたたちのせい。勝手な言い分なのは分かってるけど……あなたたちに寝返る事はできない」
「…………」
「……この場で始末する?」
ヴィンターが生きている限り……もしかしたら決着がついたとしても、アリシアは僕らの敵であり続けるだろう。
そして、その力は無視するにはあまりに強大なものだ。
だから後の安全のためにも、ここで手を下しておくべきだ。
でも――。
「……出来ないよ。君は、それこそ一生かけても返しきれないくらいの恩人なんだ」
視線が地面に吸い寄せられる。
情けない弱音を聞いたアリシアがどういう表情を浮かべているのかは分からない。
でも……ここでアリシアを殺してしまったら、もう戻れない日本での日々まで否定してしまいそうで。
そんな感傷が、僕を痛いくらいに縛り付けていた。




