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158.隠れ屋敷――5

「……ノエル」

「分かってる」


 もう一度剣の勇者に……アリシアに斬られれば、日本へ戻れるのか。

 僕がそう尋ねた時、音もなく立ち上がったノエルがアリシアの前に立つ。

 諫めるようなリエナの声には頷いたものの、睨みつけるような鋭い眼光でアリシアを凝視する。

 聞こうとする内容が内容なだけに万が一にも騙される事の無いようにしているのは分かるし、実際ノエルが見てくれるなら頼りになる。

 ただ、これではアリシアも話しにくいだろうと思ったんだけど……少しだけ迷うような様子を見せた彼女は、やがて諦めたように溜息を一つ吐いた。


「……正直に言うなら、確証は無い。それに万が一日本へ戻れたとしても、おそらくあなたの望む形にはならない」

「…………そっか」


 ショックが無かったと言えば嘘になる。

 でも、どちらかというと納得の感情の方が強かった。

 希望的に解釈するなら、僕は一度日本へ生まれ変わり、そして再び転生する形でこのサグリフ大陸へ戻ってきた。

 だから二つの世界に道が出来ている可能性が無いとは言い切れない。


 ……けれど。

 僕は日本で十七年を過ごし、そしてサグリフに戻ってきた。

 その間にここで過ぎていた時間は五年。

 浦島太郎ほど極端な事にはならないかもしれないけど、時間の流れが一致しない二つの世界をまた日本へ飛んだ時、そこに家族が居てくれる保証は無い。

 それに何より、復活という形をとってサグリフに戻って来た時と違い、日本へ行った時は新たな命として生まれ直す事になった。

 僕が守矢優輝として日本に戻れる可能性がほとんど無い事くらい、本当は自分でも分かってたんだ。


「ユウキ……」

「ううん、大丈夫。むしろはっきりした答えが出て、ようやくすっきりした気がするんだ」


 気遣うようなノエルの声に首を振る。

 いよいよ家族の元に戻れる手段が得られるかもしれない……そう思ったとき脳裏に浮かんだのはノエルやリエナ、そして眷属の皆の顔だった。

 眷属の皆も独り立ちして手が離れたなんて思っていたのはきっと建前。

 僕が日本へ戻りたいのと同じくらいに、皆の存在は僕をこっち(サグリフ)に引き留める楔になっていたらしい。


「話はこれで終わり?」

「一番聞きたかった事は聞けたかな。でも、他にも気になってる事はある」

「……好きにすればいい。わたしに拒否権は無い」


 無理に聞き出すつもりは無いんだけどな……という良心と、それで聞き出せることが増えるなら別にいいかという打算がせめぎ合う。

 結局、アリシアの自嘲めいた言葉については触れずに質問させてもらう事にした。


「君は、どうしてヴィンターに従ってたの? あいつのやってきた事と君の印象が、どうにも結びつかない」

「……それは買い被りよ。わたしだって、あの人の事を言えたような人間じゃない」

「どういう事?」

「わたしは、ディアフィス聖国が最初に召喚した勇者。……馬鹿なものね。煽てられて騙されて、気づいた時には雁字搦めだった。人質をとられて、そのまま兵器兼実験台扱い」

「…………」


 それまで動く事の無かったアリシアの表情が自虐的に歪む。

 その境遇に思うところがあったのか、ノエルが手を握りしめた。


「そうして擦り減ってきたわたしを助けてくれたのが、あの人だった」

「それがヴィンター?」

「ええ。彼の手回しでわたしは失敗作として表舞台から消え、人質共々保護される事になった。その時からあの人は潔白とは言い難かったけど、わたしにも人質にも何かを強いる事は無かったし、普通の生活を保障してくれた」

「……言いにくいけど、一連の事がヴィンターの掌だったって事は――」

「それは無い。尻尾を掴ませる事は無くても、あの人はディアフィスの敵だったから」


 疑いの言葉を言い終えるより早くアリシアは首を横に振る。

 彼女の話によれば、新王派は元々当時の王……ヒューゴに権限を封殺されていたヴィンターが、内政の面からディアフィスを蝕むために作り上げた勢力なのだという。

 これまで狡猾に立ち回り、舞台裏から様々に暗躍してきたヴィンター・スターク。

 その目的は……。


「――復讐?」

「そう。……だからこそ、あの人はおかしくなってしまった」


 頷いたアリシアが僕を見つめる。

 その目には、仄暗い恨みの色が宿っていた。

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