157.隠れ屋敷――4
「――うむ。では、カミラとグラハムに兵をつけて送るのじゃ」
「分かった、助かる」
ヴィンターの屋敷に残されていた諸々が何なのかは、僕らの知識じゃよく分からない。
屋敷内の罠を解除しながら一通り目を通した後、僕は氷像を通じて事の次第をセントサグリアのラミスに報告していた。
「ユウキ。今後はどうするつもりなのじゃ?」
「それは……これから考えるところ」
「そうか。じゃが……、万が一しばらく会えんようなら、その前に一度連絡するのじゃ。良いな?」
「……うん」
本当にラミスは勘が鋭い。
まだ僕の選択が決まったわけじゃないけど……何かを感じ取ったらしい不安げな声に、誠意を込めて頷く。
「約束じゃぞ? ……それはそれとして、カミラたちが着いたら連絡を頼むのじゃ。済まぬがもう二、三日待っておれ。なるべく急がせるゆえ」
「了解。別にそこまで無理しなくてもいいからね?」
ここは他国よりサグリフ王朝と敵対的なマゼンディーク帝国。
カミラたちを正式に送り込むにしても面倒はあるだろうし、秘密裏に潜入するんでもリスクは高い。
そして兵をどれだけ連れてくるかにもよるけど、単純に距離が王都からそんな数日で来るには厳しい距離だ。
それらの事情を少し心配しつつ会話を終える。
「話なら聞いてたよ。カミラたちが来るまで、この屋敷で待たせてもらえばいいかな?」
「そうだね。色々調べる必要はあるだろうけど、それが無難だと思う」
「それで……こっちはどうするつもり?」
ノエルが視線で示したのは、氷棺に封じ込められる形になっている剣の勇者。
彼女の能力上、自分から拘束を解いて再び襲い掛かかってくる事も十分考えられたけど……今のところそんな兆候は無い。
「少し、話したい事があってね」
「それならボクも残るよ。その方が何かあった時も安心だしさ」
「……ボクも」
「分かった」
口を出すつもりは無いのか少し下がった二人に氷で椅子を用意し、剣の勇者を封じた氷棺の首から上部分を解く。
やはりと言うべきか、剣の勇者は氷棺の中でも状況を把握していたらしい。
その目がぱちりと開いた。
「出来れば身体の拘束も解いてほしい。無駄な抵抗をするつもりはないから」
「……うん、別にいいかな」
目の前の少女に、この状況を脱する術があるようには思えない。
もしあると言うなら、こうして捕らわれる前に使っているはずだ。
話が出来るならわざわざ不自由を強いる必要も無いだろう。
「まずは自己紹介といこうか。君の事はなんて呼べばいい?」
「……アリシア」
「じゃあ、アリシア。……こっちだと、六年前になるのかな。僕のこと、覚えてる?」
「六年前……?」
僕の言葉に、剣の勇者――アリシアは眉根にしわを寄せて考え込む。
しばらく首を捻っていた彼女は、やがて疑いの視線を僕に向けた。
「『凍獄の主』……まさか、あの時の魔王があなただとでも言うつもり?」
「そう。だいぶ前に復活してた魔王の一人ってわけ」
「それで、これから恨みを晴らそうって魂胆?」
「とんでもない。むしろ僕からしたらアリシアには返しきれない恩がある。一度礼を伝えないとって、ずっと思ってた」
「……どういう事?」
訝るアリシアに、彼女に討たれた僕のその後を話す。
転生した先の異世界で、僕がどれだけ救われたか。
……まぁ、こうして元の世界に戻ってくる事になったわけだけど。
「『せめて、良き輪廻を』だっけ。本当に、良い旅だった。……その上で訊きたい」
「…………」
「もう一度、君に討たれれば。またあの世界に戻れるの?」




