155.隠れ屋敷――2
ぶつかり合う斬撃と凍気。
その向こうで、剣の勇者は更に斬り込む構えを見せていた。
魔法を撃つのは間に合わない。
迫る刃を躱すため意識を集中させた時――目の前に割り込む一つの影。
「させない!」
「なっ……」
ノエルが打ち上げるように繰り出した拳は剣の勇者の手元を狂わせ、間髪入れずに放たれた追撃によって剣は完全に空を切った。
その動きは止まらず、トドメとばかりに続いた掌底は咄嗟に防御に入った片腕の上から剣の勇者を吹き飛ばした。
彼女は壁に叩きつけられる瞬間に衝撃を受け流して横へ逃れ、リエナの触手による追撃を回避。
更に飛び退って間合いを開け……。
「ふッ――」
「『蒼槌』!」
そう何度も同じ手は喰らわない。
斬撃は凍気を叩きつけて相殺し、追撃に備えて即座に生成した氷剣を構える。
けれど、相手の行動は予期せぬものだった。
「あっ!?」
斬撃を飛ばすと同時に背を向け、そのまま走り去ろうとする剣の勇者。
意表を突かれて固まること一瞬、半ば反射的に後を追う。
「ユウキ、罠だよ!」
「もう見つかってるなら構わない!」
「でもヴィンターはっ」
「こっちの動きがバレてる時点で、たぶん今回は捕まえられない!」
ノエルの制止に、その場で考えた思いつきで反論しながら廊下を駆ける。
罠は足元で反応するたびに凍らせ、飛び出してくる暗器の類も同様に迎撃。
以前より速くなったとはいえ、まだ身体能力でいえば向こうにやや分がある。
僕は罠の対処もしている事が地味に響き、距離は中々縮まろうとしない。
「ああ、もう……!」
手の中の氷剣が邪魔になって翼に変換。
羽ばたかせる事で加速すると、剣の勇者もまた更にスピードを上げた。
その後ろ姿を追う事に意識が奪われていたせいだろう。
何度目かの角を曲がった時――。
「――はぁっ!」
「うわっ!」
急ブレーキをかけた剣の勇者が振り向きざまに一撃を放つ。
咄嗟に氷翼を広げて減速する事でその傷は浅く済んだけど、剣の勇者は更に踏み込んでもう一撃。
どうにか剣腹に前腕を叩きつけ、頭のすぐそばを通り抜ける風切り音を聞いたのも束の間。
勢いそのままに突っ込んできた剣の勇者の体当たりがマトモに入り、今度は僕が息の詰まるような衝撃と共に吹き飛ばされた。
「っと……! ユウキ、大丈夫?」
「な、なんとか……。ごめん、油断した」
受け止めてくれたのは後ろから追ってきていたノエル。
咳き込みながらも前方で剣を振りかぶる少女に対抗しようと魔力を集中させる。
しかし、その斬撃が狙ったのは僕らではなかった。
部屋の左右には、壁に埋め込むような形で水槽のようなものが並んでいた。
剣の勇者が破壊したのはその水槽。
曇っていた水槽の中は何かの液体で満たされていたらしく、独特の刺激臭と共に溢れた液体が床を濡らしていく。
そして――。
「「「……ォ……ァ゛ア……」」」
低く掠れた奇妙な音を上げながら水槽から現れたのは無数の黒茶のシルエット。
溶けたチョコレートでも被ったようなそれの大きさは、バラつきはあるものの僕らと同じくらいのサイズ。
「……今更、こんなのじゃ相手にもならないよ。『凍嵐』」
なんとなく嫌な感じがして、その正体をはっきりと判別する前に冷気の嵐を放つ。
剣の勇者にこそ通じなかったものの、並の生物なら容易く氷像に変えるだけの魔法はシルエットを纏めて凍てつかせた。
「…………知ってるわ。でも……」
「「「ガ……ァァァアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!!」」」
「っ!?」
剣の勇者の囁くような声と同時、氷の表面に亀裂が走る。
次の瞬間、氷の縛めを打ち破ったシルエットのザラついた絶叫が部屋を埋め尽くした。




