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154.隠れ屋敷

「動きが、止まった……?」

「……みたいだね」


 ノエルの呟きに頷き、氷龍をその場に滞空させる。

 眼下には町の外れから更に少し離れた小さな屋敷。

 その佇まいは、どこかセントサグリアにあったヴィンターの屋敷を彷彿とさせた。


 ……僕らは奴隷市場の調査に残ったランカと別れ、奴隷たちを連れて行く素性不明の三人組を追っていた。

 もしマゼンディークでの奴隷取引にヴィンターが一枚噛んでいるとするなら、ランカたちの大規模な粛清は奴の尻尾を引っ込めさせる事になる。

 だからランカたちが動く前にこっちでケリをつけておく必要があった。

 そもそもランカが危惧していたのは、能力を大きく制限される地下で剣の勇者とかち合う事態。

 だけどこの状況で彼女がヴィンターからそう離れる事は無いだろうし、ヴィンターの痕跡を見つけられなかった事から逆説的に地下水路の安全性は高まったという事になる。


 少なくとも奴隷たちがそこに居るのは間違いないと言えるくらいには、僕の右手からも確かな反応が伝わってきている。

 問題はここが彼らにとってゴールなのか、それとも中継点の一つに過ぎないのかという事。

 龍で飛べば少しの距離とはいえ、帝都からこの町に来るまで既に丸一日以上を費やしている。

 ここまで来ると地下に広がる空間がどのようになってどこまで繋がっているかはまるで見当もつかない。


 ひとまず様子を見るのと態勢を整えるのを兼ねて、休憩をとる事になった。

 空からはノエルとリエナに見張っていてもらって、僕は町の方へ向かって昼食を調達してくる。


「――とりあえず、作業が済んだら仕掛けてみようか」

「何してるの?」

「屋敷の周りにこっそり僕の魔力を仕掛けてる。もしあそこに剣の勇者がいるなら、事前に打てる手は打っておきたいし」

「でも、あの屋敷がダミーだったら……」

「その時は催眠で情報を聞き出して、僕らがあの三人組に成り代わっちゃえばいい。ちょうど人数も合うしね」

「あー……そっか。その手があるなら、ここで根競べしてるよりはいいかもね」


 参考にするのは花びらを付けると言っていたランカの説明。

 相手が何らかの方法で周囲を警戒していてもバレないよう、周りの魔力を纏わせるイメージで土地に魔力を埋め込んでいく。

 僕自身との共鳴を利用して好きなタイミングで解放できるようにして……と。

 そんな作業の傍ら、ノエルたちと具体的な動きを相談する事しばらく。

 準備が終わっても屋敷から相手の反応が動く事は無く……僕らは突入を開始する事にした。


 屋敷全体を監視する役割としてクリフの憑依した氷龍を上空に残し、僕らはいつも通り「氷惑蒼衣(クリアミスト)」に身を隠して降下。

 ただ、今回はさっき魔力を仕込んだ時と同じ要領で魔力の反応も誤魔化せるようにしてみた。

 実験的なものだからどれだけ効果があるかは分からないけど、うまくいけば潜入の成功率を上げられるはずだ。


「うわ……」

「ノエル?」

「あちこちから変な感じがする……もしかして、コレ全部トラップ?」

「えっと……分かるの?」

「ある程度、だけどね」


 ……十分過ぎる。

 つくづく反則じみた感知能力を発揮するノエルを先頭に、花びらの導く方向へ進んでいく。

 そして、何度目かのドアに突き当たった時。

 向こう側の気配を探っていたノエルが、難しい表情で振り返る。


「……正面に一人、動く様子はナシ。お願いしていいかな?」

「分かった」


 近くに迂回する道は無いし、相手が通り過ぎないなら催眠を活用して強行突破する他ない。

 ……でも、この時点で僅かに予感があった。

 ドアの向こうにいる誰かは、どうして動こうとしないのか?

 もし、RPGのボスさながらに僕らを待ち受けているのだとしたら?

 氷剣をいつでも生成できるよう魔力を集中させつつそっとドアを開ける。


「はぁっ――!」

「ッ、『蒼槌(グリーヴァ)』!」


 ドアが開くのに気づいた瞬間、目の前にいた少女は剣を大きく振りかぶっていた。

 躊躇なく放たれた斬撃に、用意していた魔力を咄嗟に魔法に変えて放つ。

 そのぶつかり合いが起こした衝撃波は、僕らの姿を隠していた氷霧を吹き飛ばすには十分だった。

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