152.エゼルキアナ――3
かつて幾多の魔王を率い各地を襲撃していた大魔王「天裂く紅刃」……彼女を最初期から支えてきた魔王「嵐招く徒華」。
大陸有数の単独勢力であるマゼンディークの軍を個人で封殺した実力もさることながら、風と花を用いた広域探知能力は魔王全体で見ても抜きんでている。
ただ、能力が活きるかどうかは状況次第というのも事実であって。
「……地下?」
「ええ。一度詳しく調べておくべきかと」
ノエルの言葉にランカは重々しく頷く。
実は単純な調査という意味では、奴隷市場に関わっている主な連中には目星がつけられている。
それこそ市場を管理する大物から奴隷を運ぶ小者、取引に使われている場所までランカが調査済みだ。
けれど、それだけではまだ不十分なのだと彼女は言う。
「この帝都を含めてマゼンディークの主要な都市では、工場に水を引くための水路が地下に通されています。網の目のように広がったそれは、さながら迷宮のように各所で密かに口を開けているのですわ」
「奴隷商たちがそこを通路に使っているってこと?」
「ええ。それに……」
「それに?」
「現在の市場の様子を見る分では、おそらく地下水路内でも取引が行われていると見て良いでしょう。単純に出入りの数が合いませんの」
「ふむ……」
風の満足に通らない地下の様子まではランカでも探り切れない。
となると後は直接探索に行くしかないわけだけど……万が一という事もある。
だから丁度都合の合った僕に声が掛かったというわけだ。
それに僕の目的からしても、ヴィンターが地下水路に潜伏している可能性は十分に考えられる。
「ところで地下水路の規模ってどれくらいなの?」
「ざっと帝都そのものと同じくらい、一部が帝都の外まで伸びている感じでしょうか。派閥争いとやらで一部の大規模な工場が分散していますので」
「それはまた……」
「面倒極まりない話ですが、疎かにも出来ませんわ」
「……だよね」
ランカの言葉に肩を落とす。
せめて人数を増やそうにも、今や大事な立場を抱えている眷属の皆を動員するわけにはいかない。
それ以前に魔王たちにも言える事だけど、地下という限定的な空間での戦闘力と隠密性を考えると選択肢は更に限られる。
フィリ辺りを呼ぶにしても、今度は時間が掛かるし……。
「――もう地下を纏めて崩した方が早いんじゃないかな」
「色々と台無しになるだけ、と切り捨てさせて頂きます」
「うん」
とはいえ闇雲に片端から攻めていくのもまた悪手。
なんとか此方の強みを生かしていきたいところだ。
――というわけで。
「――はい、ご苦労様。今の事は全部忘れるように」
帝都の中に数多く存在する、人通りの絶えた裏路地。
ランカが特定した地下水路への入り口を出入りする連中を捕まえること数十回、そのたびに書かせてきた地図もだいぶ充実してきた。
なんで魔王の中でも僕だけ出来るのかは未だによく分かってないけど、催眠能力のありがたみを痛感しつつランカの家に戻る。
「そろそろ実際に潜ってもいい頃かな」
「ですわね。ああ、一つお知らせしておく事が」
「どうしたの?」
「ラミスさんに連絡をとって、貴方の眷属を数名呼ばせて頂きました。まだ大掛かりには動けませんが、数名くすねる程度なら奴隷にされている方を保護する事もできるでしょう」
「……分かった」
……ランカ自身が今言ったように、奴隷たちを一斉に解放して事を大きくするわけにはいかない。
だから、これは妥協点……彼らの大勢を見捨てる事への言い訳なのだろう。
そんな事を免罪符に出来るとは思えないけれど、助けられる人がいるなら手は尽くすべきだ。
まだ整理のつかない思いを無理矢理呑み込み、僕はどうにか頷きを返した。




