150.エゼルキアナ
「――ガァアアアアアア!!」
氷の茨によって全身を拘束された、樹木の身体を持つ巨大な虎……魔王「聖魔喰らう猛樹」。
その咆哮によって生じた眩い光球と漆黒の闇球は、リエナが瘴気を纏った触手で一薙ぎすると拭い去るように消滅した。
マゼンディーク帝国の帝都へ向かう道中、暴れていた魔王と遭遇した僕らは放っておくわけにもいかず交戦状態に入っていた。
その能力はレンとレミナを合わせたようなもの。
光と闇による視覚的な攪乱に加えて魔力を大きく揺さぶられれば魔法を維持するのは至難の業だ。
おまけに戦闘中も“根”を伸ばしてどんどん成長するせいで、時間が経てば経つほど手が付けられなくなる。
まぁ、光も闇もリエナの瘴気の前には等しく侵蝕されて消えるだけなんだけど。
根の方も末端を氷で封じる事で成長を止められた。
獣の姿をした魔王で助けられたのはバルーこと「光喰らう魔獣」だけらしいし、その彼も素の姿は人間のものだ。
だから後は、その心臓部でいかにも弱点らしく光る赤い核を破壊すればそれで終わり。
「はぁあああっ!」
「ガギャッ――」
懐に飛び込んだノエルの蹴りが、核を守る樹皮を打ち砕く。
生じた隙を逃さずねじ込む魔法は「白霜穿牙」……傷口を貫いて核に突き刺さった白氷の槍は直後に爆発を引き起こす。
心臓部を打ち砕かれた樹虎の身体は硬直し、そしてその死と連動して身体も急速に朽ち果てた。
「ふぅ……これで終わり、かな?」
「そうだね」
「こういう魔王と戦ったのは初めてだけど、まさかこんなスムーズに倒せるなんて思わなかったよ」
「今回はうまく相手の特性を潰せたからね。実際、一人で戦ってたら中々厄介な魔王だったんじゃないかな」
一時マトラナックは城塞のような規模まで巨大化していた事もあって、周囲に人の姿はない。
避難した人たちが戻ってくる前に氷龍を生成し、さっさとその場を離れる事にする。
それから更に飛び続ける事しばらく、僕らは目的地……マゼンディークの帝都エゼルキアナに辿り着いた。
外壁から少し離れたところで龍を降り、帝都の内側で潜伏しているランカに一度連絡。
関所はいつも通り氷惑蒼衣を活用して突破し、雑踏の片隅で気配を抑えてランカからの接触を待つ。
「――お待ちしておりましたわ。立ち話もなんですし、自宅までご案内しますわ」
「分かった、お願いするよ」
風に乗って届いた声。
そちらに顔を向けると、見間違えようのない見事な金髪を揺らしてランカが姿を現した。
ノエルもリエナも大なり小なり正体を隠す工夫をしてるんだけど……潜伏ってなんだっけ。
特に結界で過ごしていた時と変わらない姿に首を傾げつつ彼女の後に続く。
ランカが足を止めたのは、普通の町中にある小さな一軒家の前だった。
家の中はどこか結界にあった屋敷を思い出す造りをしていて、少し懐かしい気分になる。
「ちょうどいい時間ですし、もう夕飯にしてしまいましょう。お茶でも飲みながらくつろいでいてくださいな」
「手伝おうか?」
「そうですね……結界とは少し勝手も違いますし、今回はお気持ちだけで十分ですわ」
「そっか」
ランカがそう言うならお言葉に甘えさせてもらおう。
お茶請けの菓子を一つ口に放り込み、僕はセーフティハウスにしては高級感のあるソファに身を沈めた。




