15.魔王領――7
「――よし、見つけた」
「あれが、ですか?」
「そう」
トゥリナに頷き、改めて視線を凝らす。
その先で木の枝からぶら下がっているのは……日本でも変わらないもの。
蜂の巣だ。
こんな寒い所に生息しているだけあって種族こそ雪蜂とかいうファンタジーだけど、モノは期待できるはず。
実際、この前偶然見かけた熊は美味しそうに蜂蜜を食べていた。
視線の先に魔力を集中させ、巣を一瞬で冷凍する。
転生前はあったタイムラグもだいぶ軽減できてきている。
拘束力は弱いから、普通に凍らせるのと比べると一長一短なのは変わらないけど。
凍った巣をもぎ取り、中にいる蜂の魔力を乱して気絶させる。
上手くいっているのを確認すると、凍結を解いてトゥリナにパス。
「それで、中にある蜜だけ操作して取り出してほしいんだ」
「分かりました。……こうですか?」
「うん、ありがと」
巣から金色に光る蜜が引き出される。
指先を軽く浸して舐めてみると、少し野性味のある懐かしい甘味が口の中に広がった。
「良かったらトゥリナも一口どう?」
「頂きます……わぁ、甘い」
「口に合ったなら良いんだけど」
「はい、とっても!」
甘党のトゥリナは初めて味わう蜂蜜に大きく顔を綻ばせる。
そう喜んでもらえると僕としても嬉しい。
残る蜂蜜は用意してきた瓶に移す。
蜂の巣の方は……一応、元通りにしておくか。
もしかしたら上手く次の蜂蜜を集めてくれるかもしれないし。
「シェリル、今大丈夫ー?」
「夕食の仕込みしてるけど、話くらいなら聞けるぜ」
「まあ、これを一口どうぞ」
「ん? ……甘い! なんだコレ!?」
「森に居る雪蜂が集めた蜂蜜。火魔法の煙なんかで巣の蜂を気絶させて、水魔法で取り出すんだ」
「へぇ、良いこと聞いたな。サンキュ!」
厨房にいたシェリルに蜂蜜を紹介。
これで蜂蜜の存在と取り方は直に広まるだろう。
この匂い……今夜はすき焼きか。
今から楽しみになってきたな。
さて、それまで何をしてようか……。
訓練場として使っている一角では、レンたちが集団戦の訓練をしていた。
ふむ……四人ずつ二手に分かれているのか。
オリクの地魔法で激しく変形する地面の上を駆けるレンとレミナの剣が鋭く交差した。
それぞれの刃に込められた光と闇、相反する魔法が互いを打ち消し合って奇妙な静寂が生まれたかと思うと、二人は至近での打撃戦に移行。
一秒にも満たない時間で互いの攻撃を弾き合い、両者一歩も譲らないまま再び距離が開く。
いつ見ても凄まじいな。
皆の中で一番速いレミナの速度は僕の全力の六割にも達するし、最大までブーストした時の瞬間的な速さに至っては追いついてくる。
レンの方はこの辺りの熊くらいなら片手でも容易く捻れるみたいな事を言っていた。
冗談は言わないタイプだし、事実を述べていたんだろう。
抜きん出ているのはこの二人だけど、他の面々の実力もそう大きく隔たるものではない。
相手が現役時代の「凍獄の主」でも何とかなるんじゃないかってくらいだ。
ホント、みんな驚くくらい成長したな。
――家畜を買いに行ってティスと出会った日から、結構な時が流れた。
そして、大きな誤算が一つ。
正直、もう皆自立できるだけの知識も実力も身についていると思う。
それで彼らがここを巣立つ日が来たら……家畜の世話、誰がするんだろう?
そうなったら僕も剣の勇者を探しに行かないといけないし……。
「――ッ!?」
そんな考え事をしながらボンヤリしていた頭を打ち付けるような衝撃が襲った。
それは、この辺りを覆っている結界を誰かが通り抜けた反応。
結界は相手の感覚に干渉して迂回させるように働く。
それが抜かれたってことは、相手は意思を持って侵入してきたことになる。
侵入者は一人だけなのを確認し、僕は全速力で反応のあった地点へ向かった。




