148.小さな林
「……ふぅ」
町から少し離れた林に展開した簡単な結界。
そこに設置したベッドの上で寝返りを打ち一息つく。
もちろんベッドは氷製だが、上には毛布代わりに雪を敷き詰めてある。
氷の魔王「凍獄の主」からすれば少し風情の違う悪くない毛布のようなものだ。
ちなみに僕はまだ上半身裸のまま。
今は町へ着る物の買い出しに行ってくれたノエルの帰りを待っている状態だ。
これからの事とか今のうちに考える事は色々あるけど、さっきまで意識を極限まで張り詰めていた反動からかどうにも身が入らない。
まぁそこまで先を急ぐ事情も無いし、少しだらけていてもいいだろう。
そんな風に自分を納得させ、隣に横たわっているリエナへと視線を移す。
「…………」
ここに着いた時にはまだ氷人形のようだったリエナの身体は、今や普通の人間と遜色ないところまで回復している。
雪のように白い肌は人目を引くかもしれないけれど、それでも見た感じは完全に血の通った少女のそれだ。
身内のひいき目を差し引いても魔王の目で見てこれって事は、普通の人が見て何か気付かれる事はまず無いと言っていいだろう。
いつの間にかすぅすぅと控えめな寝息も聞こえるようになっている。
なんとなく二の腕を触ってみると体温は無くて……って、それは氷を依代にしているから仕方ないか。
逆に体温があれば毛布代わりの雪が溶けてちょっと面倒な事になる。
「んっ……マスター……?」
「あ、目は覚めた? って、あれ――」
その時リエナの眼がパチリと開いた。
僅かと形容するには無視し難い違和感を頭が理解するより早く眷属が動く。
「ごめん、なさい……っ。マスター、ボクは……!」
「わっ!? ちょ、リエナ、服っ――」
物凄い勢いで飛び起きたリエナは、その拍子に僕のシャツを払いのけた事など気にも留めずに抱き着いてくる。
でも、僕でもちょっと痛いくらいの……たぶん丸太とかへし折れるくらい加減を忘れた力の強さに、そんな事をとやかく言ってられる状況じゃないのを察した。
元々厄介な能力を持っているが故に、自分の力を制御する事に関しては魔王の中で見ても随一のリエナが、ここまで動揺している。
……いっそ、さっきの事なんて綺麗に忘れてしまっていればよかったのに。
リエナは暴走している時も意識を保っていた。自分の力が無差別に暴れているのに、為す術も無かったのだ。
あの時一番辛かったのは彼女なんだろう。
謝り続けるリエナの背中に手を回し、子供をあやすように軽く叩く。
「マスター、ごめん……嫌いにならないで……!」
「大丈夫。嫌いになんてなるわけないよ。リエナが無事で本当に良かった」
ゆっくり声をかけ続ける内にリエナも落ち着いたらしく、震えも収まってくる。
……そろそろ、さっき落ちたシャツを掛け直さないと。
そう考えるのと前後して、一つの気配が真っ直ぐに霧状の結界を抜けてきた。
「ユウキ、ただい……ま……」
「……ノエル?」
戻ってきたノエルは僕らの姿を見るや否や石化したかのようにピシリと固まる。
改めて今の僕らの状態を客観視してみると、なるほど事案待った無しなのは間違いない。
どう釈明したものかと思考をフル回転させていると、随分ぎこちない動きながらもノエルが先に復活した。
「だっ、大丈夫。ユウキの事は信じてるから! それでもちょっと衝撃が強過ぎたけど……とりあえず、服! 二人分ちゃんとゲットしてきたよ!」
「あ、ありがと」
「……面目ない」
リエナを見ないように後ろを向き、ノエルに渡された服に袖を通す。
うん、サイズもぴったりだな。軽く魔力を込めて強化しておこう。




