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145.廃墟

「――『凍嵐(ブリザード)』」


 巻き起こした吹雪で周囲の瘴気を払い、同時に氷翼で風を受けて一気に加速する。

 それでも進むにつれ濃くなる瘴気は次第に払いきれなくなってくるも、速度を優先して力任せに突っ切った。

 途端に襲い掛かってくるのは肌を刺すような痛み。

 常人なら瘴気の浸蝕を僅かでも受ければ致命的だけど……露出した部分の再生が追いついているのだけ確認して、瘴気の事はそれ以上考慮しないようにする。


 リエナの後を追うなら、瘴気の濃くなる方向を目指せばいい。

 速度を最優先にした甲斐あって、やがてリエナの姿を捉えられるところまで近づく事が出来た。


「…………」

「アハハハハハッ!!」


 無言のリエナとは対照的に、狂ったように笑声をばら撒いているのはシルクハットのようなものを被った小柄なシルエット。

 魔王「喜躍する黒死(ペスデトス)」の一挙手一投足が瘴気に染まった風を呼び、辺りのものを手当たり次第に浸蝕していく。

 もうほとんど更地になったそこには建物の残骸のようなものが僅かに残っていて、辛うじてここに幾つかの建物が立ち並んでいた事だけを察する事が出来た。

 ……だけど。


「…………」

「アハッ――」


 これを戦いとして見るなら、戦況はあまりに一方的だった。

 リエナの操る無数の触手、その一つがペスデトスを吹き飛ばす。

 触手の先端は龍の頭のようになっていて、一瞬の接触で相手の身体を大きく食い千切っていた。

 欠損した部分は滲みだす瘴気が補って再生するも、その存在感は今にも消えそうなほど希薄。


 対してリエナにも瘴気の風は直撃しているけれど、その瘴気を本質とする「焦がるる忌腕(ネシェーリエン)」にそれが痛手となるはずもない。

 本来なら警戒すべき反撃になったであろう身体が瘴気によって構成されているというペスデトスの特性も、同類であるリエナには意味を成していない。


「…………」

「ハハハハハハハハ!」


 だというのに、ペスデトスは笑う。

 心底楽しそうに、狂ったように。

 異常な点ならもう一つあった。

 両者とも、防御の素振りさえ見せない事だ。


 互いに一撃を打ち込むごとに、その存在は混ざり合うように瘴気に溶けていく。

 止めないといけない。

 リエナの形が失われる前に。


「――リエナ!」

「……マス、ター……?」


 ペスデトスの狂笑にかき消されそうな掠れた声。

 でも、呼びかけた声には確かに返事があった。

 ……けれど。


「っ……!?」


 瘴気を遠ざける為に展開していた冷気を突き抜けて襲い掛かってきたのは瘴気を滴らせた触手。

 それも一つや二つではない。

 手近なところにあった触手が全て、ペスデトスの巻き起こす瘴気を纏い牙を剥いてきた。


「そんな……ボクは……っ!?」

「リエナ、落ち着いて!」


 冷気を叩きつけて触手を凌いだ僕の目に見えたのは、愕然とした表情で瞳を大きく揺らすリエナの姿。

 動揺に合わせて触手は制御を失った動きで振り回され、内側から溢れ出る瘴気の量を増やしていく。

 いよいよ一刻の猶予も無いのは明らかだった。


「アハハハハハ!!」

「くっ……」


 初めて会った時も暴走していたリエナは冷気で強引に縛る事で抑える事が出来た。

 だけど今はペスデトスの撒き散らす瘴気のせいで、リエナを抑えるだけの冷気を保つ事が出来ない。

 ペスデトスを仕留めようにも、今度は防御不可能のリエナの触手が襲い掛かってくる。


 どうすればいい……!

 判断を求めようとした肩の小鳥はいつの間にか消えていた。

 一瞬固まった後、この瘴気の中で氷像が形を保てるはずが無い事に思い至る。


 状況は限りなく最悪に近い。

 それでも突破口を求めるならペスデトスを片付けるしかない。


「押し通る――!」


 僕は生成した氷剣を構えると、荒れ狂う触手と瘴気の只中へ飛び込んだ。

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