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144.王都近郊――4

 クリフの案内で南東へ飛びつつ相手の情報を受け取る。

 現れた魔王は名を「喜躍する黒死(ペスデトス)」といい、その能力は瘴気を風に乗せて広範囲に拡散させるというもの。

 あらゆるものを蝕む瘴気と能力の効果範囲が噛み合った結果、ペスデトス自身はまだ大きく移動していないというのに村一つが既に滅びてしまったらしい。


「――なるほどね。瘴気を防ぐ手段が無いと、近づくのも危険って事か」

「うむ」

「大丈夫なの?」

「多分、僕なら冷気で抑え込めると思う」


 本来なら直接風を操れるランカ(ランカリデス)とかセレン(セレンペルーシュ)が一番有利なんだろうけど、一番近くに居るのが僕なら仕方ない。

 実際に相手の能力を確認しているクリフからも否定する様子は無いし、きっとなんとかなるだろう。

 ……大丈夫、だよね?

 慢心だけはしないよう意識的に危惧しつつ、何かあっても反応できる範囲内の最高速度で氷龍を飛ばす。


 そして、ふと風の中に突き刺さるような感覚を覚えた。

 冷気を展開しようとした僕の後ろで、ふとリエナが身動ぎしたのを感じる。


「…………」

「リエナ?」

「……行かないと」

「何言って――あっ」


 微かな違和感に振り向こうとした時、ちょうど氷龍の背から飛び出すところだったリエナと目が合った。

 いつにも増して濃く染まった紅の瞳はどこか禍々しく、白銀の長髪は内側から滲みだすような瘴気で所々紫色に変じていて……見るからに様子がおかしかった。


 止めようと手を伸ばしたけれど、身体を自在に変形させられるリエナが本気で逃れようとするなら意味を成さない。

 魔法に頼ろうとした一瞬の隙に、背中から生やした無数の触手を翼状に展開して飛び去ってしまった。


「え……ユウキ、リエナはどうしたの?」

「僕もちょっと分かんない。クリフ、何か分かる?」


 肩に乗った氷像に尋ねつつ、冷気を加減なく展開して氷龍を加速させる。

 幸いリエナも進行方向は同じだからこのまま進めば追いつけるけど、そのスピードは思ったより速い。

 突然の事態に思考は追いつかないまま、ただ漠然とした焦りが募っていく。


「――関係があるとすれば、瘴気か」

「どういう事?」

「瘴気とは大陸に蓄積した歪みと、それを中和しようとする魔王の力が不完全な形で干渉した結果生じたものだ。故に長くは存在できぬが、同時に万物を蝕む最悪の毒となる。本来制御する事など不可能な代物だ」

「なっ……でも、リエナは――」

「魔王としての先天的な器、そして『凍獄の主(クロアゼル)』の氷という後天的な器があってのものだろう。いや、瘴気の性質からすればそれでもまだ足りん。或いは王旗(パンディエラ)も影響したか」


 またコイツは急に重い情報を……!

 瘴気がそんなとんでもないものなんて話は初耳だ。

 物理防御不可能なんて厄介くらいにしか思ってなかったけど、そんな理由があったなんて……!


「『焦がるる忌腕(ネシェーリエン)』は『喜躍する黒死(ペスデトス)』と同じく瘴気を根幹とする魔王だ。あの様子だと……これまで内に収まっていた瘴気が、ペスデトスに反応して呼び合ったと見るべきか」


 さっきのクリフの言葉を信じるなら、リエナの存在を保っていたバランスが崩れる瀬戸際かもしれないという事になる。

 もう言葉を返す余裕もなく、更に氷龍の速度を上昇。

 無理をさせた代償に自壊していく身体は、纏わせた冷気を流用して片っ端から再構成させて補う。

 でも、まだ足りない。リエナが飛び出した時の速度には及ばない。

 このままだと距離は開くばかり――。


「――ユウキ。ボクの事はいいから、先に行ってあげて」

「ノエル?」


 不意に後ろから聞こえてきた声に、思わず振り返る。

 深い藍色の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。


「一人で飛んだ方が速いんでしょ? ……ボクは、ユウキの足を引っ張るためについてきたわけじゃないから」

「――ごめん!」


 何か言うべき事が、幾つもあった気がする。

 でも、やっぱり置いていけないとも、すぐに戻るとも言う事は出来ずに……出てきたのは謝罪の一言だけ。

 僕は氷翼を展開すると、今出せる最大の速度で氷龍の背から飛び出した。

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