142.魔王領――79
「――ところでユウキ。それはそれとして、汝が良ければ頼みたい事が幾つかあるのじゃ」
「え?」
しんみりした気分に浸っていると、不意にラミスが顔を上げた。
……ん?
何か切り替わったような様子に首を傾げる間も無く唐突に始まったのは、セントサグリアを出る事を前提にした事務的な話だった。
王都を出ると言っても別に縁を切るとかそういう話じゃなかったから、頼みを断る理由も無いんだけど。
その頼み事の中身も至極妥当で、ますます断る理由は無いんだけど。
さっきまでの空気というか、なんというか……。
いつの間にかコーネリアも顔負けなんじゃないかってくらい強かになっていたラミスに複雑な思いを抱きつつ、僕は最後にもう一仕事していく事になった。
――そして、場所は変わって上空。
氷龍に乗っている僕の後ろには、リエナの姿もある。
ラミスと同じ顔をしたリエナの姿は、儀式の一件もあって僕以上にバレたら拙いものになっていた。
別に僕が偽装しなくても誤魔化す手段は幾らでもあったものの、話を通した時にリエナが自分から望んだという事でこうして同行する事になった。
「……もうすぐ……」
「そうだね」
リエナの言葉に頷いて氷龍の高度を下げ、降り立ったのは久しぶりに戻ってくる結界。
仕事としてラミスに頼まれた事。
それは、結界に残してきたコーネリアの部下たちを王都まで送り届ける事だった。
彼らが過ごしている別邸の方へ行こうとすると、向こうの方から走ってくる一つの姿があった。
「――ユウキ!」
「やぁ、ノエル。……久しぶり」
割と遠くから来たみたいだけど、拳の勇者は息一つ乱れていない。身体の方は鈍ってないらしい。
「えっと……元気、だった?」
「うん。そっちも、その……」
どちらからともなく言葉が途切れ、気まずい空気に包まれる。
それはそうだ。
だって僕が問題なく戻ってこれたのは、ディアフィスを滅ぼしたから。
それが間違っていたとは思わないけれど、ディアフィスはノエルにとって守るべき所属だったのも確かなわけで。
中々次の言葉を切り出せないでいると、僕とノエルの間に割り込むような形でリエナが身を乗り出した。
「……それより、勇者。出立の準備は、出来ているの?」
「む……キミか。うん、ボクらの方はもういつでも出発できるよ」
「分かった。じゃあ、呼びに行こうか」
前からノエルとリエナの間には謎の緊張感があったけど、今はそれが空気を新しくしてくれた。
事前に雪像を通じて連絡しておいた甲斐あって、段取りはスムーズに進められるらしい。
氷龍での移動速度も上がったとはいえ、これだけの人たちを一度に運ぶとなると時間はかかるから有り難い話だ。
公での「凍獄の主」像と実態の齟齬が露見するのを防ぐため、王都に着いたら結界での僕や眷属の皆がどんな感じだったのか忘れるように催眠をかけて、と。
もう結界に残っている人が居ないのを確認して僕は氷龍たちを飛び立たせた。
……眷属の皆は、これからは王都でラミスを支えて暮らしていく。
それは勇者たちも同じだし、ティスたち以外の魔王も主な拠点は王都に置く事になった。
この結界の……魔王領の役割も、これで終わり。
ラルスが新たに建てた屋敷にも、訓練に使っていた広場にも、狩りや採集に励んだ森にも、もう戻る事は無いのだろう。
一度王都から離れると決めた時とは違う本当の別れだと思うと、相手は人でもなくただの場所だっていうのに無性に寂しさが込み上げてくる。
「……ユウキ?」
「ううん、なんでもない。あまり遅くならないように少し急ごうか!」
リエナに意識して明るい声で返すと、僕は躊躇いを振り払うように一掃強く氷龍たちの翼を羽ばたかせた。
来週から木曜日は、現在金曜日更新の「その執事、異世界帰り」の更新となります。
纏めると
月曜:伏竜とデスゲーム、火・水曜:更生魔王の帰還、木・金曜:その執事、異世界帰り
といった感じです。
無暗にややこしくしてしまい申し訳ありません。




