14.リエム――5
「ガッ……、ギャ――」
収束しようとしていた魔力に手を加えて氷牢を形成。
加害者から被害者へ一転した騎士を貴族たち諸共、意識ごと封じ込める。
直後トドメを刺すかのように放たれた巨大な炎刃は氷牢が受け止め、上空に衝撃を逃がした。
……あれ?
今の僕、当然のように騎士の腕を諦めて動いたけど……判断があっさりし過ぎじゃないか?
いや、だから今遅れて動揺してるのかもしれない。
そんな事を考えていたからだろうか。
隠蔽もなくそれなりの規模の魔法を使えば探知されるのは当然。
一瞬後には、二発目の炎刃が眼前に迫っていた。
「くッ……!」
とにかく魔力で強引に抑え込んで凍結。
支配権を奪ったところで崩壊させて散らす。
単純な魔力比べならこっちに分がある感じっぽいけど、スピードにはあまり差が無い。
これは逃げるべ――き……?
思考が停止する。
モノクロの雪景色の中、視線を引き付けるのは鮮烈な紅。
炎刃の向こうには、鬼気迫る表情でこちらを睨むティスの姿があった。
その後ろに佇むのは地味な黒服の青年。
見た感じは常人らしいが……間違いない。
”「――おかえり。『凍獄の主』」”
この町で話しかけてきたのは、コイツだ。
固まった世界の中、異様な存在感を放つ青年が普通に停止している事が既に異常に思える。
……今得た事実から考えろ。
つまり、この影のような青年がティスの探していた相手で。
そのティスは魔王か勇者か……とにかく、超常の存在だった。
それで詳細こそ不明だが、少なくともこの貴族に対し明確な殺意を抱いている、と。
困った、どうすべきか全く判断がつかない。
とりあえず結界を張ってシェリルとトゥリナをガード。
いざとなったら結界ごと引っ張って逃げよう。
「ユウキ……あなたは何者?」
「こっちが聞きたいね。あと僕についてはノーコメントでお願いしたいんだけど」
迷っているとティスの方から声をかけてきた。
どちらからともなく広場の中央へ歩き出す。
「なら質問を変えるわ。どうしてアイツらを守ったの?」
「確かにどう見ても良い人間じゃなさそうだったけどさ。それでも目の前で人が死ぬのは気分悪いし」
「ッ……あなたは。奴らが何をしてきたか、知らないの!?」
「…………」
激情を無理矢理抑え込んだような声。
知らない、訳じゃない。
昔……ユウキの名を授かるよりも、「凍獄の主」なんて大層な名を得るよりも過去。
名前さえ無かった奴隷の頃の記憶を思い出す。
その時の主人が外で何をしていたかなど知る由もないけれど、今なら想像くらいつく。
「奴らは人を人とも思ってない。自分のものでもない力を振りかざして人を食い物にするだけの屑よ。庇い立てするなら容赦はしないわ」
「………………ティスが、そう言うなら。わざわざ邪魔はしないよ」
それでも殺しは容認できない、とか。
ティスが人を手に掛けるのは嫌だ、とか。
胸の内に渦巻いた感情を呑み込んで声を出す。
ティスの意思を覆すには、そんな感傷じゃ軽過ぎた。
それにあの貴族はいきなり家を攻撃しようとしてたし。
ティスと真っ向から敵対してまで守るつもりもない。
念の為シェリルたちを守る結界はそのままに背を向ける。
置いて来た荷物の方へ向かおうとする背中に声が投げかけられた。
「――私は、魔王『天裂く紅刃』! 親切には感謝してる!」
「……元魔王『凍獄の主』」
相手が名乗ったなら此方も名乗るべき、なんて思うのは甘いのだろうか。
僕は結界を解くと、シェリルたちを抱えて最高速でその場を離れた。
※2015/9/9 一部修正




