138.セントサグリア――20
廊下で待っていたラミスが石像の背面に開いた穴の一つに隠されたスイッチを押し、コーネリアがロックの解除された隠し通路の扉を開ける。
手入れの行き届いていない薄暗い道を歩く事数分、辿り着いた先は地下牢の手前だった。
ここに連れてこられたって事は……今回も尋問か。
尋問と言っても、催眠に掛けて質問するだけの簡単な仕事だけど。
真っ先に尋問の対象になったのはディアフィスの元王であるヒューゴ。
しかし、彼から有益な情報は何一つ得られなかった。
そう、何一つ。
得られた情報は全部前の潜入で聞き出せたものと被っていたとか、それだけの話ではない。
聞けば聞くほど、ヒューゴ・ディアフィスは転がり込んできた玉座と勇者の軍事力に舞い上がっていただけの人間でしかなくて。
……確か、昨日正式な審問を経て処刑されたんだったか。
その安っぽい理想のためにどれだけの人が不幸になったかを考えれば、妥当な結末だろう。
「……それで、今日は誰を?」
「糸の勇者ニーナ、それとこの城の隠密たちじゃな」
「勇者に催眠が効くとは……」
「分かっておる。汝への頼み事の本命は後者の方じゃ」
分かってるならいいか。
隠密って言うと、城を制圧した時に倒されてた黒装束の人たちの事だな。
少し小耳にはさんだところによれば、彼らは王個人や国ではなく、城に仕えているらしい。
その理屈だと城を制圧した今はラミスに味方してくれる事になる、って解釈でいいんだろうか?
たぶん今回呼ばれたのはそれを確認する意味合いが大きいんだろう。
そんな事を考えていると、前を歩いていたラミスたちが足を止めた。
「『凍獄の主』殿、彼女の戒めを解いてやっていただけないでしょうか」
「…………」
勇者を普通の手段で拘束する事は不可能に近い。
まして相手が糸の勇者なら猶更、手足を封じたところで能力によって破られる可能性は十分にある。
そういうわけでニーナは王都制圧戦で撃破した時のまま、氷の棺に封じ込められた状態で牢に入れられていた。
アベルが負わせた深手もそのまま。
単純に全部の氷を解いてしまえば長く話すには都合が悪いだろう。
コーネリアの言葉に頷き、慎重に魔力を調整しつつ首から上の部分だけ氷を溶かす。
「っ……」
「……目覚めたか。今の状況は理解できるかの?」
ラミスがニーナに声をかける。
その横から催眠を試してみるけど……うん、駄目だな。
それこそ彼女をもっと衰弱させた上でこの場に結界を再現するくらいやればなんとか出来ない事もないだろうけど、そうでもしないとすぐ振りほどかれてしまうだろう。
ならもう僕の出る幕じゃないか。
かぶりを振って意思を伝え、僕は後ろの方に下がって様子を見守る。
「……そっか。負けたのね、わたし」
「汝ら勇者は、元はといえばこちらの世界の都合で召喚された存在。共に在る事が可能なら、無暗に殺めたくはないのじゃ」
「…………ふふ。……そうなの」
ラミスの言葉を聞いたニーナは、どこか自嘲気味な笑みを零してみせた。
少し咳き込んでから呼吸を整え、その反応を訝しむラミスたちに向けて言葉を続ける。
「それなら、わたしの望みは……今までと、同じ生活。それが保証されるなら、あなたにでも……そこの魔王サマにだって、忠誠を誓っていいわ」
「……念のために、望みの生活について具体的に聞こう」
どこか硬い表情で尋ねるラミスとは対照的に、ニーナは皮肉げな笑みをより一層深めた。
そして、途切れ途切れの言葉をゆっくりと吐き出す。
「屋敷には、使用人と奴隷を……合わせて百人。食事は毎日、各国から取り寄せた最高級品……。それと、ありったけの美術品と――」
「……本気で言っておるのか?」
「ええ……贅沢って、ほんと毒よね……。今だって、こう抑えられてでもいないと……とても、正気ではいられないくらいだもの」
……ニーナはもう、その言葉が自分の運命をどう決定づけるのかも分かっているのだろう。
ラミスはそっと後ろに視線を送り、コーネリアは静かに首を横に振る。
「残念じゃが、その要求を受け入れる事はできん」
「……分かってたわ。だから、情けをかけるなら……一思いに、終わらせてちょうだい」
「……汝の処遇は、後日言い渡すのじゃ」
ラミスに視線で頼まれ、再びニーナの全身を氷に閉ざす。
……ラミスも殺したくないって言ってるのに、最期まで好き勝手言いやがって。
そんな思いを抱えつつ、僕はニーナを収容している牢を離れた。




