137.セントサグリア――19
「――サグリフ王朝を統べし女王ラミス・パンディエラの名において告げる! サグリフの大地よ。我が声に応え、民を護る力をここに示せ!」
詠唱と共に、ラミスは地についた手を大きく振り上げる。
まず感じ取れたのは地鳴り。
それは次第にはっきりとした揺れに変わり、ラミスの動きに引き上げられるように現れた天然の外壁として聳え立った。
「「「わぁぁぁああああああ!!」」」
「「「ラミス陛下万歳!!」」」
「「「サグリフ王朝に繁栄あれぇえええ!!」」」
……うわ、凄い盛り上がりだ。
僕が壊しちゃった外壁の修復の様子を物陰から見守りつつ、集まっていた兵士や民間人の歓声に耳を塞ぐ。
戦場で気を張っている時ならともかく、平時にこういう状況と出くわすと感覚の鋭敏な魔王としては中々キツいわけで。
でも実際、これはだいぶ意味のあるパフォーマンスになっただろう。
少なくともこれを見ていた人たちでラミスの力を疑う者はいないはずだ。
戦力は過剰気味とはいえ、低下していた王都の防衛力を回復させると同時に人々からの求心力も高まった。まさに一石二鳥だ。
「あ、この焼きおにぎり三つください」
「はいよ、毎度あり!」
公の場で魔王として振る舞う時はコーネリアに用意してもらったローブを纏っているから、それを脱いでしまえば普通の人相手に正体を隠すのはわけない話だ。
ちなみにラミスと瓜二つの顔立ちをしているリエナもお揃いのローブを使っているけど、まぁそれはさておき。
手近な屋台で昼食を済ませつつ、警備は適当に掻い潜って城内に用意された僕の部屋へ戻る。
「ふぅ……」
僕にも仕事が無いわけじゃないんだけど、一人でする事でもない。
出番が来るまで空いた時間を潰すため、作った氷像にクリフを宿して他所の様子を聞く事にする。
まずは……結界の方に報告しておくか。
特に何も考えずノエルに声を繋いでもらおうとして、本来守るべきだったディアフィス聖国が陥ちたことを拳の勇者に伝えるのはどうかと思いとどまる。
少し悩んだ後、彼女と一緒に留守を守っているテオとユリアに話す事にした。
「もしもし……」
「もしもし……ユウキ?」
「その声はテオか。どう、そっちの様子は変わりない?」
「……はい。問題は起きてないです」
「それなら良かった。一応こっちは無事に山場を超えたから、今回はその報告をね。僕らがそっちに戻れるのはもう少し先になるかも。それと……」
途中でユリアや、結界に残っているコーネリアの部下の人なんかにも代わりつつ情報を共有。
テオの言葉通り、向こうは特に問題なく過ごせているようだった。
ちょっとした頼まれ事や家事関連の相談に乗りつつ、その事実に少し安心して通話を終える。
「……『凍獄の主』よ」
「ん、なに?」
「時間が余っているなら、マゼンディーグの『嵐招く徒華』とも話しておくべきではないか? あちらも軍と交戦状態にあるぞ」
「ええっ!?」
いや、自分で驚いておいてなんだけど、そもそもこういう事態に備えるためにランカにはマゼンディーグへ行ってもらっていたんだった。
クリフがこの調子って事は拙い事態には陥ってないのだろう。……ないよね?
一抹の不安を抱きつつ、ランカに声を繋げてもらう。
「あー、もしもし。ランカ、今大丈夫?」
「ええ。その様子だとそちらも首尾は悪くないようですわね」
「まぁね、特に被害は無し。それよりランカが軍と戦闘中って聞いたんだけど」
「心配なさらずとも無理はしていませんわよ。勇者も居ないただの人間の軍を攪乱するくらい朝飯前ですわ」
特に何かを成し遂げた風でもなく当然のように告げるランカに、改めて魔王のスペックを実感させられる。
それに実際、そこに居たのがランカ以外の魔王であったとしても苦戦している絵面は特に浮かばないし。
ランカによれば、帝国軍に動きがあったのはディアフィスに王朝派の軍が侵攻して割とすぐ……タイミングで言うなら三つめの砦、国境から王都までの道のりを四割ほど進んだ頃。
で、準備中の軍をランカがゲリラ的に襲撃する事で動きを封じていたという感じらしい。
そして話題はこちら側の事に移り、王都奪還の顛末を伝えて通話を終える。
「――『凍獄の主』殿はいらっしゃいますか?」
「何用だ」
その時、部屋の外から聞こえてきたのはコーネリアの声。
氷像を消しつつ僕も魔王モードで言葉を返す。
「よろしければ今一度、貴方の力をお借りしたいのです」
「……いいだろう」
要するに仕事だな。
脱いでいたローブを纏い、僕はコーネリアの後について部屋を出た。




