136.セントサグリア――18/ラミスside
「な――何をしている貴様ら! この俺に仕える者ならば、命ある限り戦ってみせろ!」
「「「…………」」」
割れた人垣の向こう側。
玉座に腰かけた男の声は、所々裏返っていた。
不健康に痩せた身体を豪奢なマントに包み、その頭には宝石を散りばめた純金の王冠。
それが大陸制覇の野望を抱き、勇者たちを統べ戦火を拡大させたディアフィスが聖王……ヒューゴ・ディアフィスの姿だった。
互いに顔を見合わせるばかりで動けない兵たちの間を、コーネリアとガリアルを伴ったラミスが悠然と歩んでいく。
「寄るな不届き者! 俺を誰だと心得ている!」
「……ヒューゴ・ディアフィス。民を無用の争いに駆り出し、全ての人々に犠牲を強いた罪人よ。汝の処罰は後ほど正式に執り行う。今は眠っておれ」
「ふざけ――」
ヒューゴが何か言うより早く、コーネリアの傍らに控えていたアーサーが動いた。
弓で軽くヒューゴの側頭部を打ち据えると、その身体は力無く崩れ落ちる。
床に王冠の転がる音が虚しく響いた。
「――ここにサグリア王朝の再興は成った! 我らが王を迎えるため、諸君にはもうひと働きしてもらうぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」」
意識を失ったヒューゴを側近に預けたガリアルの号令に、ラミスたちについてきた兵が歓声で応える。
一部の兵はこの場に倒れている黒装束たちの捕縛を。
また一部の兵は班を組み、城内の安全確保を。
更に別の兵はこれまでディアフィス側についていた兵たちを、ひとまず適当な別室へと誘導していく。
ガリアルたちから矢継ぎ早に飛ばされる指示に従い、数秒前とは打って変わって人々が目まぐるしく動きだす。
(……遂に…………)
しかし、自分まで浮かれるにはまだ早い。
ガリアルは王朝の再興を宣言したが、実際には片付けるべき問題も数多く残っている。
そう意識する事でラミスが湧き上がる感慨を抑えようとしていると、不意に部屋の入口が水を打ったように静まり返った。
不自然な沈黙は静かに広がり、同時に扉の前にいた兵たちはどこか迷いがちな様子で道を開ける。
そこから姿を見せたのは、鞭の勇者アベルを引き連れた「凍獄の主」。
こうしてここに辿り着いたという事は、彼らは無事に相手方の勇者を退けてきたのだろう。
二人が傷らしい傷も負っていない事を確かめ、ラミスは密かに安堵の息を漏らす。
「…………」
魔王が一歩足を踏み出すと、周りの兵は一歩下がる。
そんな彼らなど眼中に無いかのようにクロアゼルは玉座の間を見渡すと、身を翻して何処かへと去っていった。
声どころか魔力さえ微塵も発していなかったにも関わらず、その後ろ姿は最強の魔王にふさわしい貫禄を放っていて……。
その実ユウキが登場するタイミングを間違えたようなきまりの悪さを抱えていた事に気付けたのは、それだけ長い付き合いだからこそだろう。
次第に喧騒を取り戻す広間を玉座から眺めつつ、ラミスは内心でそうひとりごちたのだった。




