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135.セントサグリア――17/ラミスside

「ああ、もう……! あなたは足止めってわけ!?」


 糸の勇者(ニーナ)の苛立たしげな声を背後に聞きながら、ラミスは真っ直ぐ王城を目指す。

 後ろからは魔力を帯びた糸が伸びてくるのを感じるが、振り返る事はない。

 戦いは怖いから嫌いだと普段から言って憚らない最強の魔王がこの場は受け持ってくれた。

 なら、自分もまたこの国の正当な王としての役割を果たすまでだ。

 急く心を抑え、あくまで悠然とした態度を保って歩みを進める。


「とっ、止まれ! これ以上進む事は許さ――」

「…………」

「ヒィッ!?」


 時折立ち塞がってくる兵もいるが、それは鏡の勇者(ヘンリー)が呼び出す幻影の怪物一体の威圧だけで無力化できる。

 実際、彼らが命を捨てる覚悟で向かってきたところで一瞬の時間稼ぎにもならないのだ。彼らを惰弱と切り捨てるのは酷というものだろう。


「…………」

「お待ちください、アーサー様」


 硬く閉ざされた城門を前に矢を番えようとしたアーサーを制したコーネリアはヘンリーに短く耳打ちする。

 頷いたヘンリーは幻影龍に乗って軽々と門を飛び越えた。

 激しい警報音が鳴るが、勇者を妨げる事が出来る者はここにはいない。

 何かを操作するガチャガチャという音に続き、門は軋みを上げて内側からゆっくりと開かれた。


 考えてみればこれは王都を奪い返すための戦い。

 本来自分のものである以上、これらの防備も破壊は極力控えるべきだろう。


(……外壁をユウキに木っ端微塵にしてもらったのは、失策だったかもしれんのじゃ)


 その事に思い至り自省の溜息が零れそうになるのを抑え、ラミスはヘンリーに頷いてみせる。

 城内に入ったラミスが感じたのは押し殺された殺気。

 数歩進むと天井から吹き矢が飛んでくるが、それは傍にいたリエナ(ネシェーリエン)が掴み取る。

 先端から滴るのは、とても無害には見えない紫色の液体。

 王城は伏魔殿とはコーネリアの言だが、今は実際に兵以上の敵が潜んでいるらしい。


 ちなみにリエナはラミスとよく似た姿を隠すため、現在はフードを目深に被り顔を隠している。

 その不審さは平時であれば何か方策を考えなければならないだろうが、こと現在に限っては相手の刺客を警戒させるのに一役買っているといえるだろう。


 玉座の間へ向かう間に数度の奇襲があったが、効果が無いと悟ったか刺客の気配はあっさりと引いていった。

 それ以降は兵士たちとさえ遭遇する事なく、やがてラミスたちは目的地の大扉の前へと辿り着く。

 アーサーとバルー(バルログ)が扉を開くいた途端、出迎えたのは室内とは思えない規模の矢の雨だった。


「……目障り」


 呟いたリエナは袖から一本の触手を伸ばし、矢を叩き落とすように一薙ぎ。

 発生した氷壁に阻まれ、降り注ぐ矢は全て虚しく床に転がった。


 儀礼の際は廷臣たちが一堂に会する事もあるため、城内でも特に広く作られている玉座の間。

 ラミスたちの前に待ち受けていたのは、その空間を埋め尽くすほど大量の人間が成す人垣だった。

 その規模たるや、このままでも下手な軍と正面から激突できそうな程だ。


「怯むな者共! 真の王の軍ならば、その程度の氷など突き破ってみせろぉお!」


 人垣の向こうから聞こえたのは神経質な怒鳴り声。

 躊躇う兵たちとは対照的に、顔の隠れる黒装束に身を包んだ数十名が突進を敢行する。

 だが、再現された「凍獄のクロアゼル」の領域において魔王「焦がるる忌腕(ネシェーリエン)」が生み出した氷壁だ。

 精鋭とはいえ人の身に留まる彼らに打ち破る術はなく、横合いから回り込んで迫ってくる。

 遠回りを強いられた彼らは、氷壁の左右を固めていたバルーとアーサーの格好の的だった。

 バルーの拳、或いはアーサーの弓で殴りつけられた黒装束たちは壁まで吹き飛ばされて動かなくなり、どうにかすり抜けた数名もリエナの触手とヘンリーの光弾で同じ末路を辿る。


 魔王と勇者の意識が黒装束たちの処理に向いた隙を突くように、ラミスを狙って背後から放たれた矢があった。

 人垣とは別に潜んでいた一部の黒装束による狙撃は狙いを誤ることなくラミスの首筋に吸い込まれ……突き立つ寸前、当のラミスの手によって阻まれた。


「残念じゃったな。……少し眠っておれ」


 ラミスが無造作に放った魔力弾は、しかし狙撃に数倍する速度で空を裂いて黒装束を沈黙させた。

 やがて向かってきていた黒装束たちが全て沈黙したのを見計らい、ラミスは大きく息を吸い込む。


「――余に民を害するつもりは無い。武器を捨て、道を開けよ!」


 張り上げた声への答えは、床に武器の投げ出される硬質な音。

 兵たちの人垣は中央から真っ二つに分かれ……玉座への道が開けた。

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