134.セントサグリア――16
黒煙に姿を紛らわせ、剣の勇者は姿をくらました。
即座に魔力探知を試みるも、辺りの魔力は洗い流されたように拭い去られている。
……あの煙玉の出どころを考えるに、さっきの煙に逃走補助の効果としてでも備わっていた機能なのだろう。
忍者かお前は!
まんまと逃がした失態を自棄気味に叫びたいところだけど、ぐっと堪えてアベルたちの方に意識を向ける。
そこにあったのは予想通りの光景。
息一つ乱さずに立っているアベルに対し、ニーナは向かいの建物へ寄りかかるように座り込んでいた。
その肩口からは一つ、大きな裂傷が駆け抜けている。
アベルは鞭という武器の特性上、個人を相手取った戦いを得意としている。
対するニーナは糸の勇者。場の制圧力こそ高いものの、一点突破の火力を持つ相手には相性が悪い。
おまけにさっきの戦いでニーナはかなり消耗していた事を考えれば、妥当な結末ではあった。
「……一応、生かしておいた」
「そうか」
確かに、僅かだがまだ息はある。
とはいえ放っておいてはそう長く持たないだろう。
……なんにせよ凍らせるんだし関係ないか。
ひとまず倒れているニーナを氷棺に収め、持ち運びしやすいように鎖を伸ばす。
「……これからどうする?」
「…………」
うーん……ラミスたちに合流するのが筋だろうけど、王都の制圧状況も気になる。
個別に動いている人たちの方に何かあっても困るし。
というわけで氷惑蒼衣を展開してアベル・ニーナ共々姿を隠し、二人を掴んで上空へ舞い上がる。
……ここなら誰かに聞かれる事もないか。
肩の力を抜き、大きく溜息をつく。
「ふぅ……ああ疲れた。見た感じ、別動隊の皆も順調そうかな」
「…………そのようだな」
軽く飛び回って眺めるも、どこも事前の打ち合わせ通りに動けているように見える。
戦闘しているところもあるけれど、眷属の活躍もあって終始優勢だ。
それよりアベルの返事の前の沈黙がいつもより長かったのが少し気になった。
「ところでちょっと聞きたいんだけど。やっぱり、こういうのって変だった?」
「……違和感はあった」
「う……」
「いや……人が思い描く魔王『凍獄の主』そのものの姿ではあった。そういう意味では、間違ってはいないはずだ」
「えっ?」
「俺が違和感を持ったのは、普段のお前を知っているからだろう。お前も、他の魔王も……勇者と大差ない。根本は普通の人間と同じだという事を」
「……そっか」
なんとなく、今のアベルの言葉は忘れちゃいけないような気がして丁寧に頷く。
それはさておき、演技の方は一応ちゃんと魔王っぽく見えていたのか。
今度は安堵の息を吐き、改めて気分を魔王モードに切り替える。
初めてここに来た時は、王城のバリアに僕の魔力探知が引っかかって一騒ぎ起こしたんだっけ……普通に入った方がいいな。
城門の手前に着地し、念のため簡単なトラップを残してニーナ入りの氷棺は置いていく。
これについては隠蔽も持続させてるし、まぁ心配いらないだろう。
頭の中に王城の見取り図を思い浮かべながら、僕らは玉座の間を目指して城門をくぐった。




