133.セントサグリア――15
手元に残った氷剣の柄で相手の剣腹を打って軌道を逸らす。
空いた手で凍らせようとするより早く、襲撃者――剣の勇者は飛び退って距離を置いた。
まだ油断なくこちらを見据えている様子から察するに、まだ逃げるつもりはないらしい。
今ここに現れた目的はなんだ?
王朝派を阻みに来たというなら標的は違うはず。
彼女は糸の勇者の救援か、僕の暗殺でも企んでいたのか、それとも何か別の狙いがあるのか。
予測なら幾らでも立てられるけど、実際どうなのかを確かめる術はない。
せめて何か手がかりだけでも読み取れないかと、剣を構えた金髪の少女に視線を凝らすも変わった要素は見受けられない。
あっちの方から出向いてくれるなんて願っても無い好機なんだけど。今はいかんせんタイミングが悪すぎた。
背後では糸の勇者も動き出そうとしているのが伝わってくる。
でも……そっちに対処しようとすれば、バッサリ斬り捨てられる事になるのは間違いない。
「鞭の勇者、そこに居るのは分かっている。奴を逃がすな」
「……承知した」
思わず素の調子で頼みそうになるのを抑えつつ、咄嗟にアベルへ声をかける。
結果として僕一人で剣の勇者の相手をする事になったのはキツいけど……やるしかない。
「…………」
「…………」
聞きたい事は色々あるけど、「凍獄の主」としては迂闊な事を口走るわけにもいかない。
あちらも無駄口を叩くつもりは無いらしく、無言のまま再び斬りかかってくる。
「――『凍てし双翼』」
欠片にも力が宿るらしい剣の名前を口ずさみ、両手に生み出すのは氷の双剣。
振るわれる刃を一方の剣で弾き、もう片方の剣で追撃を仕掛ける。
「ッ――」
「…………」
手応えは浅い。
動きを止めるには、もう少し深く斬り込むべきか……そう考えつつ、勇者の剣と打ち合って砕けた氷剣を再生させる。
側面から弾いてもこちらの武器を砕いてくる反則クラスの剣。
しかし幸いというべきか、その一点さえ除けば相手は特殊な力を持たないただの勇者に過ぎない。
それなら手数で上回り続ければ優位に立つ事が出来る。
再生に特化させたこの双剣は、今のところ予想通りに働いているようだった。
「く……」
距離を置こうとする剣の勇者を追って更に攻撃を仕掛ける。
そこからの攻防は同じような動きの繰り返し。
勇者の剣を双剣の一方で弾き、もう一方の双剣で攻撃するだけ。
互いの膂力は拮抗しているため、致命的な隙が生まれる事もなければ僕の攻撃が跳ね除けられる事もない。
焦点は破壊から免れた方の刃の追撃。
相手も受けるダメージを抑える事に全力を注いでくるから、決定的な一撃は中々決まらない。
それでも、負わせた傷は蓄積していく。
逃げに転じようと背を向けるか、傷に耐えかね膝をつくか。
そう遠くない先に生まれるその隙を逃さないよう、殊更に意識を集中させた時――剣の勇者は、懐に手を突っ込んだ。
片手で振るわれる軽い剣をこれまでより大きく弾き、二の太刀を脚に見舞う。
思えばこのとき狙うべきは手の方だったのだろう。
剣の勇者が取り出した鈍色の玉を握り潰すと、溢れ出したのは大量の黒煙。
「っ……」
煙玉とは古典的な手を……!
閉ざされる視界の中、煙に身体が晒される前に冷気の層で遮断。そのまま冷気を吹雪へ転じさせる。
上空へ黒煙が散らされた時には、もう剣の勇者は姿を消していた。




