131.セントサグリア――13
……快進撃。
王朝派の進軍は、そう形容する他ないほど順調なものだった。
基本的には僕ら魔王や勇者が動く必要すらない。
矢はカーネルやグラハム、ネロの操る風が全て叩き落とし無力化。
魔法も普通の人間が使うレベルなら多少力を束ねたところでレン一人の闇で打ち消せるレベルでしかない。
そしてあちらが直接突っ込んでくれば眷属たちの魔法の格好の的。
わざわざ狙って命を奪う必要すらなく、単純に力を振るうだけでディアフィス軍の士気は瓦解した。
そうして迎え撃ちに現れる部隊を一蹴しながら進む事しばし、見えてきたのは一般的な規模の砦。
その外壁には弩や大砲がずらりと並び、緊張した様子の兵たちが待機しているのがここからでも見えた。
「これは……立て籠もるつもりか」
「そのようですね。しかしここで時間をとられるのも無意味な事……アーサー様、お願いしますわ」
「お任せください」
ガリアルの呟きに頷いたコーネリアが指示すると、恭しく一礼したアーサーが先行。敵軍飛び道具の射程ギリギリで立ち止まり、その手に輝く弓を生み出す。
焦らすようにゆっくりと弓を引き絞るアーサー。
その動きの重さに比例するように、生成された光の矢には普段と比べ物にならない規模の魔力が収束していく。
そして……矢が、放たれた。
一条の閃光はあまりに滑らかな動きで門へ吸い込まれていき、見るからに厳めしい石造りの門を容易く吹き飛ばす。
遅れて轟音が響き、兵たちの悲鳴と共に砦の外壁が崩落する。
「これで仕上げ……っと」
次にアーサーは魔力の溜まった矢を斜め上に放つ。
上空で無数に分裂したそれは雨のように砦へと降り注ぎ、最初の一矢で既に全体の中ほどまで破壊されていた砦を瓦礫の山に変えた。
目の前のあれが数分前まで敵を待ち受ける砦だったと分かる人間はいないだろう。
もはやこちらの軍に立ち向かうどころではなくなった砦を通過し、進軍は続く。
軍勢としての移動という事で普段に比べれば随分ゆっくりしているようにも感じられるけど、王朝派の進軍速度は実際この上なく速かった。
最初から十分に備えたうえでの進軍なのに加え、戦闘も拠点突破もまるで時間のロスにならないとくればそれも当然の事だろう。
相手が体勢を整える暇もないおかげでトラブルは一切発生せず、以前の作戦で勇者と魔王の交戦の場となったエルトーグ砦も難なく攻略。
数日の行軍を経て、僕らは遂に王都の間近まで迫るに至った。
「ふむ……流石のあ奴らも大慌てで戦力を集結させたと見える」
「陛下、如何なさいますか」
「知れた事よ。あの数で我らの足を止める事は適わん、蹴散らすまでじゃ」
「仰せの通りに」
重臣らしき人たちに悠然と頷くラミス。
王都の前に広がる草原に待ち受けるのはディアフィス側の軍勢。
その数は軽く見積もっても数万を超えている。
まぁ、足りないな。
あれを眷属の皆だけで壊滅させるとなればまた別だろうけど、こっちの戦力は彼らだけじゃない。
こちらに向いたラミスの視線に、他の人には分からないくらい小さく頷く。
……出番か。
瞬き一つする間に意識を「凍獄の主」として切り替え、先のアーサーのように軍勢から進み出る。
う……実際に間近で見ると迫力が違うな。
少し怯んだ内心は押し隠し足を止める。
射程を見誤ったせいで危うく届きそうになった矢を氷盾で弾き、静かに息を吸い込む。
「盟約のもと、『凍獄の主』の名においてこの地を祝福する。故に各々頭を垂れよ。主の帰還である」
そう声を張ったつもりは無かったけど、溢れだす冷気に乗った言葉が敵軍まで届くのを感じた。
一時的に結界と同じ環境を再現する魔法……それは思っていた以上の効果を発揮したらしい。
あくまで劣化版程度に留まる見通しだったっていうのに、僕の周りに至っては本物の結界と遜色ないレベルで再現されている。
なんにせよ都合が良いのは確かだ。
身に馴染む凍気を感じながら、ディアフィス軍の方に片手を突き出す。
「風よ、大気よ、我が前にひれ伏せ。猛き冬の走狗となりて遍く愚者を退けよ。――『掃覇凍嵐』」
普段使う「凍嵐」は、冷気を操り疑似的に生み出した突風に氷を混ぜて威力を上げたり、雪を混ぜて妨害に使ったりする魔法。
今回はそれを、ただ風という現象に特化させた。
正面にいた二万余りの兵が左右に吹き飛び、王朝派の軍が隊形を保ったまま余裕を持って通れるだけの空間が生まれる。
それでも動こうとする最初から左右の端の方にいた兵たちには氷龍を放って牽制し、ラミスたちの方へ振り返る。
「……道は開けた。進むがいい、正当なる王よ」
「うむ」
聳え立つ王都の外門も魔王を阻めるほどのものではない。
硬く閉ざされた門に触れ、抵抗を押し切って凍らせる。
折角だ、派手にいくとしよう。
手を通して更に魔力を流し込むと、門は硝子の割れるような音を立てて盛大に砕け散った。




