130.セジングル王国郊外――7
このタイミングで下手に混乱を起こすのも望ましくないという事で、一応ノエルの家は凍結させておいた。
この事はコーネリアたちにも後で伝えるとして、朝までの時間はとりあえず僕の部屋で潰す。
そして夜明け頃、まだ皆もほとんど眠りの中にある屋敷を二人でユリアたちの部屋まで向かい事情を説明。
幾つか確認だけ済ませて話がついた後、部屋に残ったノエルと別れて一度自室に戻る。
それから朝食を済ませた僕らは、屋敷から少し離れたところに移動した。
ラミスを中心にした本隊は一度セジングル王国へ向かい、ガリアルたちの軍と合流してから進軍する。
今ここに集まっているのはそれに同行する面子。他の面々は既に移動している。
大陸南部のマゼンディーク帝国にはランカ。
東部リルヴィス共和国には、顔がそこそこ知られているためこういった表舞台には出づらいティス。
また、ここ北部エルナガル連邦にはフィリとラルスが残って状況が変化した場合に備える事になっている。
似たような感じでセレンは本隊にくっついてセジングルまで来るけど、万が一に備えての予備戦力としてそこに留まる手筈になっている。
そして本隊にはそれ以外の主な人員が全員含まれる事になる。
中核を成すのはラミスやコーネリア、それとレンたち眷属の皆。
魔王からは僕とリエナ、バルー。
更に、正式に王朝派の立場をとっている勇者であるアベルにアーサー、ヘンリー。
具体的にはこれだけの面子が僕らの方から出る本隊の全てだ。
そういうわけで結構な大所帯になったけど、ヘンリーの使役する幻影が居るおかげで乗り物には困らない。
負担も考えて、移動には僕の氷龍とヘンリーの幻影竜を二体ずつ使う事になった。
翼が風を切る力強い音を聞きながら氷龍を西へ飛ばす。
もちろん遅刻するわけにはいかないとはいえ、そこまで急ぎってわけでもないから消耗はほとんどない。
ヘンリーのおかげで負担が実質半分なのも大きく、上空の冷気を緩和する余裕もあるくらいだ。
「――と、今のうちに言っておいた方がいいかな」
「如何なさいました?」
「実はノエル……拳の勇者は、凍らせてきてないです」
「……今、なんと?」
ラミスと一緒に僕の後ろに乗っているコーネリアの方から、愕然としたような声が聞こえてくる。
あらぬ誤解を生んでも拙いし、昨日の経緯の説明を慌てて付け加える。
話し終えると少しの沈黙を挟んで重い溜息が返ってきた。
「……最悪の状況を想定するのはわたしの務め。以前『凍獄の主』殿に申し上げた事、覚えておいででしょうか?」
「はい」
「とはいえ今からでは備える術もありません。ですから、お二人を信じると致しましょう……誠に遺憾ながら」
「す、済みません」
「謝るなら初めからやらなければ……などとは申しませんが。協力者の皆さんと合流してからは寧ろ、弱気な言葉はしまっておいてください。追究するにしても愚痴を零すにしても、それは全てが終わってからです」
「……分かりました」
独断についても今は気にしないというコーネリアの言葉に頷き、後ろからでは見えない事に気付いて言葉も返す。
……そう。今の僕はラミスの後ろ盾でもある。
そして、ガリアルたち協力者の陣営もまた戦場。
ラミスたちの今後を考えれば気を抜いていられる場所ではない。
その事を改めて意識し、ボロを出す事の無いよう気を引き締め直す。
やがて、事前に聞いていた位置に張ってある陣営が見えてきた。
クリフを通じてガリアルに到着を告げると陣営は片付けられ、進軍の準備が始まる。
兵士たちがいつでも動き出せる状態になったところで、打ち合わせ通りに高度を下げ着陸。
氷龍に雄叫びを一つ上げさせると、軍にざわめきが広がった。
僕らが龍から降りると、姿を現したガリアルがラミスの前に膝をついて臣従の礼をとる。
「――お待ちしておりました。ラミス・パンディエラ女王陛下」
「うむ……ガリアル、汝らにも苦労をかけた」
元宰相の言葉に堂々と応じるラミス。
コーネリアとの特訓の成果が出たか、その姿は素人目に見ても王族の肩書に恥じないものだった。
小さな女王は陣営に視線を巡らせ、兵士たち全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「今こそその忠義に報いる時じゃ! 無用な争いを終わらせるために……行くぞ、我らの王都へ!」
ラミスの号令に応えたのは、兵士たちの熱狂的な歓声。
それは魔法も使っていないのに大地が震える程だ。
頭を垂れた氷龍は、背にラミスが戻ったのを確認すると低空飛行でゆっくり飛び立つ。
王朝派の軍も後に続き……そして、進軍が始まった。




