13.リエム――4
「うわ、これは……」
「凄いな……」
町を進むとすぐ、向こうから押し寄せる人波とぶつかった。
感覚を加速させて考えるけど打つ手はない。
スピードを上げて突っ込むにしても、普通の人の身体じゃ遠慮なく蹴散らされて無事じゃ済まないし……。
人間の身体は脆いとか、人外の思考だな。
元魔王とはいえ今の僕の精神は人間のつもりなんだけど。
ともかく、結論。
はぐれないように気を付けて人波を逆走するしかない。
「わぷっ……」
「っ、ユウキ……!」
押し寄せる人たちの勢いは予想を上回っていた。
あっという間に離されそうになったシェリルとトゥリナの手を握って引き寄せる。
その僅かな隙に、ティスは――脇目も振らず進んでいた。見失う一歩手前って感じだ。
……日本で過ごしている時、思っていたことがある。
人間には腕が二本しかないから、それ以上のものは掴めないって類の言葉。
どれだけ頑張っても超えられない限界はあるって話。
そんなはず、ないだろう。何か方法があるはずだ。
そう思っていた事を……ふと、思い出した。
「ちょっとごめん」
「ぅおっ?」
「きゃ……」
溢れかえる人たちを傷つけないギリギリの力で、少し強引に手を引っ張る。
二人をまとめて片手で抱え、出来る限り距離を縮め、遠ざかるティスに手を伸ばす。
結果は……届かなかった。
手はあと一息ってところで空を切り、ティスの紅髪が人混みに埋もれる。
最後の一瞬、ティスが振り返ったように見えたのは気のせいだろうか?
えっと……少し落ち着いて考えよう。
まず、この人たちは何か貴族絡みのトラブルから逃れるために移動している。
それで、ティスは連れの人を心配して探してたわけだ。
なら、とりあえずこの人波を突っ切るべきか。
そこでティスや連れの人が見つからなければトラブルから逃れられたってことだし、見つかったら一緒に脱出すれば良い。
僕ら自身は地雷っぽい貴族に近づくことになるけど……たぶん大丈夫だろう。
魔王に太刀打ちできる勇者級の貴族とか、ちょっとイメージないし。
方針が固まったところで感覚を戻す。
百人を優に超える数の暴力に翻弄され、通行の邪魔をされた人たちの冷たい視線に耐え、何とか三人揃って人波を抜けた。
空っぽの道路は背後の喧噪とは打って変わり、嫌な静けさが蟠っている。
軽く探知すると、住居の中には残ってる人もいるみたいだ。
ただ、だいぶ神経を尖らせている。よほど貴族の襲来を恐れているらしい。
「……ゆ、ユウキ。歩きにくいし、そろそろ離してくれよ」
「あ、ゴメン」
「まあ、別に良いけどよ」
「これから……どうするの?」
「ティスも居ないみたいだし、帰っても良いけど。貴族ってのがどんなのか直に確かめておきたい、かな」
「お、真っ向勝負だな!」
「……違うって」
「二人が良いなら、適当なところに隠れて観察してようと思う」
「なんだよー」
「結界張れば良いんじゃ……?」
「それでも大丈夫だろうけど、気分的にね」
適当な無人の建物の影に隠れて結界を張る。
十人ほどの武装した男を引き連れ、ひときわ派手な鎧に身を包み騎乗した男が現れるのに、そう時間はかからなかった。
強さは……安心した。
シェリルたちでも全員相手にしたって十分逃げられるだろう。
「――つまらんな。誰も居らんではないか」
「皆、自分の家に入っているのかと」
「気に入らん。……ウォルター、やれ」
「はっ」
良い印象は受けないな。
目と声の感じから判断しただけだし、まだ偏見の域を出ないけれど。
貴族――人波で聞き取った分によればズィーゲンというらしい男の命令に応じ、騎士の一人が家に近づく。
騎士が騎乗したままだということ、槍を持っていること、口許に嫌な笑みが浮かんでいること……嫌な予感しかしない。
悪いことに、その家の二階では家族っぽい四人が震えている。
あの騎士……何をする気だ?
「ぬん!」
「ッ!?」
何の躊躇いもなく騎士はドアに槍を突き刺した。
家に上がり込むようなら、止めないと……そう思った時だった。
槍に結構な量の魔力が流れ込む。
まさか――!
最悪の事態が頭を過ぎり、咄嗟に魔力を集中させる。大丈夫だ、間に合う!
しかし……氷が槍を封じるより早く状況は動いた。
視界に走った紅い閃光の正体は炎の槍。
それはウォルターと呼ばれた騎士の肘から先を、一瞬で炭化させた。




