128.魔王領――77
それからまた少し時は流れた。
最初は少し浮いていたヘンリーも、今はもう眷属の皆の訓練に混ざるくらいに馴染んできている。
王朝派の面々の準備を待つ間、並行してランカとセレンが剣の勇者、そしてその主のヴィンターの捜索も続けてくれてたけど……そっちの成果は芳しくない。
皆無ってわけでもなく、発見した隠れ家で得られた技術は一応王朝派の戦力増強に繋がったらしい。
とはいえ、その辺りは僕らには特に関係ない話か。
そして……遂に王朝派の準備が完了する日取りが定まったのが数日前の事。
決戦の日を明日に控え、僕はコーネリアに呼び出されていた。
ノックの返事を待って部屋に入る。
声の感じから察するに、今回の呼び出しは個人的なものらしい。
「いらっしゃい。用件自体は長々と話すような事じゃないけど、まぁ座って」
「やっぱり明日の事?」
「……そういう事になるわね」
確かめるとコーネリアはどこか浮かない様子で肯定した。
何か言いにくい事なんだろうか……?
コーネリアは迷いを振り切るように一度瞬きして口を開く。
「一つだけ、最後に確認しておきたいと思って。ノエル……拳の勇者の事」
「っ……」
「……できるの?」
それは疑ってるというより、僕の事を気遣ってくれているのが伝わってきた。
ディアフィスへ明確に反旗を翻したアベルやアーサーと違って、ノエルはまだディアフィスに忠誠を誓っている勇者だ。
明日の決戦に連れて行く事は出来ないし、かといって何かあったとき対応できるだけの戦力を結界に残していく余力も無い。
だからどう対処するか、その内容はもう考えた上で伝えてあった。
……考えるだけ考えて、その上で弾き出した最善の方法だ。
今更やっぱり取り下げるなんて出来ない。
「……大丈夫。そうじゃなきゃ最初から、こんな案は出さない」
「……そう」
どこか悲しそうに目を伏せ、紅茶を口に運ぶコーネリア。
言葉の出ない場の空気を誤魔化すように、僕もつられて手元の紅茶を一息に飲み干す。
「他に、そっちから何か確認しておきたい事はある?」
「ううん。特に無いよ」
「じゃあ話はこれで終わりね。どうせ余計なお世話だと思うけど、一応ご武運を。明日は油断するんじゃないわよ」
「分かってる。ありがとう」
コーネリアの言葉に頷き、洗い物を預かって僕は部屋を出た。
……そしてその日の晩。
魔王組も訓練を早めに切り上げ、休んでいる面々はもう完全に寝静まったと思われる深夜。
気配を殺して屋敷を出た僕は、少し離れたところにある小さな家に向かっていた。
それはノエルをここに連れてきた時、僕が氷で作った家。
家具が運び込まれたり軽い模様替えをしたりと当初に比べてだいぶ様変わりしたけれど、根本的なところは変わっていない。
つまり。僕の魔力の触媒として、高い適性を持っている。
王都の奪還が無事に終わるまで、ノエルを僕の氷で封じ込めておく。それが昼間コーネリアと確認した案だった。
この環境ならば相手が勇者であっても、眠って次に起きたら全部終わっていたくらいに認識させるだけの効果が発揮できる。
元々こんな使い方なんてするつもりは無かったんだけど……割り切るしかない。
ノエルの感知能力はずば抜けている。
やるなら一瞬で終わらせないといけない。
家の前に立った僕は体内で魔力を高め――。
「――ユウキ」
「っ!?」
僕の他に起きている人は誰も居ないはず。
なのに……僕の名を呼ぶ、声がした。




