127.魔王領――76
帰路は特に面倒に見舞われる事もなく、無事に結界まで到着。
屋敷から少し離れたところに降り立って役目を終えた氷龍を雪原に還し、ヘンリーを拘束していた鎖を解く。
「…………」
「あれ?」
ヘンリーがどう動いても対応できるよう密かに構えてたんだけど、意外にも彼からは何の反応も無し。
無表情で身動ぎ一つせず立ち尽くす様は、いつだったかアベルに聞いた通り人形と形容するのがしっくりくる。
……一応、先に少し話しておいた方がいいか。
身内で少し顔を見合わせた後、僕は少し屈んでヘンリーと視線を合わせる。
「っ……」
「えっと……」
そうするとヘンリーは初めて小さく表情を変え、僅かに視線を泳がせる。
この反応は……怯えられてる? そんな目をされるのは随分と久しぶりの事だ。
改めて僕がこれまでヘンリーの前でやった事を考えてみると、まぁそれも無理はないのかもしれない。
「これはちょっと代わってもらった方がいいかも」
「仕方ないな……」
進み出たアーサーと入れ替わりに引き下がる。
少し意外ではあったけど、交戦経験のあるティスたちや無口なリエナたちを除外すれば妥当な人選ではあるか。
実際アーサーはコーネリアが最優先なだけで、同じ勇者のアベルなんかと比べても人当たりは良い方だし。
「幾つか質問させてもらう。この場で僕たちに攻撃する意思はあるか?」
「いいえ」
「ならば、仮にこれから監視が無くなったとしたら逃げるか?」
「いいえ」
「ところで、腹は減っていないか?」
「…………はい」
「そういう事らしい。この様子だったら拘束までする必要は無いだろう」
振り向いたアーサーの言葉にランカが疑わしい目を向ける。
「そういう事って、彼の言葉を額面通りに受け取ってよろしいのですか?」
「多少なりとも彼を知る身からすれば、答えはイェスだ。アベル、お前もそうだろう?」
「……ああ。そいつは命令無しには動かない」
「それに万が一があったとしても、誰か勇者、もしくはユウキやティスがいれば確実に抑え込める」
「じゃあ大丈夫かな?」
「ティスがそう言うのであれば」
ランカが頷いたところでその場の相談は終わった。
それにしても、ヘンリーのこの感じは地味に昔を思い出させてくるな……アベルによれば、これは召喚された時から変わってないらしいけど。
屋敷ではちょうど夕食を並べているところだったから、配膳を手伝ってそのまま食事を済ませる。
とりあえずヘンリーの相手はアーサーに任せて、僕らは会議室へ向かった。
部屋に入ると、先に待っていたコーネリアとラミスが出迎える。
「――改めて、お疲れ様です」
「全員無事で何よりなのじゃ」
「ありがと。それで、今回の報告だけど……取り立てて説明する程の事は無いわね」
「鎖の勇者レオンと杖の勇者マチルダを撃破。そして帰還中に鏡の勇者ヘンリーと遭遇、これを捕縛。同行していたセグベオは処理しましたわ」
「……僅か数時間で挙げた戦果とは思えませんね」
ランカの報告に、思わずといった調子でそう零すコーネリア。
とはいえもう慣れてきたのか、すぐ気分を切り替えた彼女は改めて口を開く。
「これで残る勇者は糸の勇者、それと一応剣の勇者のみという事になりますね。この事はまた協力者の皆様にも伝えさせて頂きます」
「後はその協力者の準備が終わるの待ちかな?」
「そう、ですね。おそらく王都の防衛に当たっているニーナを誘い出すのは至難でしょう。ディアフィス側が彼女を離さないでしょうし、彼女もまた誘き出しに応じる要素を持ち合わせていませんから」
確か……前聞いた話だと、ニーナは凄まじい浪費家だったか。
贅沢三昧の対価としてディアフィスに協力しているとなると、確かにこっちから揺さぶりをかけるのは難しそうだ。
それにしても、国にとっても負担の大きい勇者が最後に残ったものだな……とディアフィスの連中に少し同情してみる。
実際それで割を食ってるのは国民だから、国が許される理由には到底ならないけど。
「ところで貴女とヘンリーには面識がありますか?」
「本当に数回顔を合わせた程度ですので、ほとんど他人ですね」
「そうですか……では、その辺りはアーサーに任せつつ様子を見るとしましょう」
勇者がまた一人味方に増えるなら心強いんだけど……その辺りはまだ見通しが立たないか。
目新しい話はそれくらい。
後は前話した内容や、協力者たちの準備の進み具合を確認してその場はお開きとなった。




