126.セジングル王国郊外――6
他の幻影と比べても特に差異は無い半透明の竜。
その背に乗っているのは、以前見たとき同様に顔色の悪い鏡の勇者と……鎧?
中に誰か入っているようで、隻腕の風変わりな鎧がガシャガシャと動いているのはここからでも確認できる。
「――それで、状況は分かりましたの?」
「うん。二人から今簡単に説明を受けた」
慎重に近づいてきたランカに、さっきラルスから聞いた情報を伝える。
一つ頷いたランカが軽く手を振るうと、巻き起こったのは激しさこそ無いものの強い風。
それは風に乗った刃状の花弁で幻影を切り裂きながら地上まで吹き抜けていく。
「そのようですわね。――いえ、これは?」
「何か引っかかったの?」
「…………気のせい、だったようです。少なくとも今はもう何も感知できませんわ」
「ふぅん? でも、確かに今はもう感知できないってのはボクも同じだね」
なんだか不穏な事を言うランカに続いてセレンも頷く。
うーん……二人の証言が合わさったなら、実際もう誰かが隠れてるなんて事はないんだろうけど。
「それより、事前情報だと鏡の勇者は共存の余地があるみたいな事言ってたけど。どうするつもりさ?」
「保護、でいいんじゃないかな。戦力にも余裕はあるし」
「貴方が望むなら、今は反対する理由もありませんわね」
「そう言ってくれると助かる」
そんな感じで手短に相談しながら、襲い掛かってくる幻影の数を減らしていく。
数はやたら多いけれど力の方はそこまで苦戦する程じゃない。
ある程度まで行ったところで、本体であるヘンリーを抑えにかかる。
「きっ……」
「ん?」
「キサマ、キサマはぁああアアアッ!!」
立ち塞がる幻影を処理しつつ距離を詰めると、不意にヒステリックな男の声が響いた。
……この状況でキサマはなんて言われても、誰の事だか分からないんだけど。
声に対する不快感に眉をひそめつつ、音源……ヘンリーの後ろにくっつく全身鎧を見やる。
「早くしろ愚図が! とっとと奴らを始末しろ! 殺せぇえエエ!」
「うわ……」
「こればかりは、あの勇者に同情してしまいますわね」
後半の裏返った声はともかく、その口振りを聞いて思い出した人物がいる。
鏡の勇者の後見人、セグベオ・ツーベリオ。
あの鎧の中身が奴だとすれば、隻腕なのにも納得がいく。
だとすれば――。
「――アレを消せばいいか」
「ユウキさん?」
「蹴散らせ。『凍滅竜群』」
無数の氷竜を生み出し幻影の処理に充て、僕は氷翼を羽ばたかせ鎧の乗る幻影竜の元へ。
幻影竜の首を力任せに捻じ切り、鎧に向けて片手を翳す。
「ヒッ――」
「『蒼き息吹』」
今度は腕一本じゃ済まさない。
正面から放った冷気の奔流は鎧の全身を呑み込んで凍結させ、そのまま微塵に打ち砕いた。
その流れでヘンリーの鑑をはたき落とし、氷鎖で身動きが取れないように縛り上げる。
これでも幻影は独立して動くらしい。
未だ攻撃をやめない幻影の軍勢を片付けようと視線を巡らし……こっちを見るランカたちに気付いて我に返る。
「あー……ごめん。また軽く暴走してたみたい」
「ご自分で落ち着かれたようで何よりですわ。もっとも、敵はまだ残っていますが」
「それよりちょっと本気出すだけでアレなら、最初からユウキさん一人で良かったんじゃないですかー?」
「いや、ああなると多分判断力とか格段に落ちてるから。もし本当に一人で、相手が罠なんか張ってた日には思いっきり引っかかってると思う」
「生半可な罠なら食い破れそうなもんですけどねー」
「おだてたって何も出ないよ。それに相手方にはまだ正面からでも勝てるか怪しい戦力だって残ってるのに……」
首を横に振ってラルスの言葉を否定する。
ヘンリーに対するセグベオの態度が奴隷時代を刺激したのが原因なんだろうけど、また理性が飛んでたのは問題だ。
今回は暴走の程度も軽かったとはいえ、この調子だと本当にあっさり罠に嵌められかねない。
出来るならこの調子で暴走を抑えられるようステップアップしていきたいところだ。割と切実に。
まぁ、後の掃討は話しながらでも終わるくらいには余裕があった。
一分もしないうちに幻影の軍勢は全滅する。
氷龍と待機していたティスたちと合流し、僕らは改めて結界へと引き返した。




