125.セジングル王国郊外――5
倒した……のか?
唐突な幕切れに心がついていかない。
とりあえずティスが炎剣を消したのに倣って僕も剣を消し、ゆっくり身体から力を抜いていく。
「……終わった?」
「多分ね」
「ええ。気配もありませんし、逃げられたという事も無さそうですわ」
「そうか……」
ランカの言葉に小さく頷きを返す。
二人の人間の死について、思う事が無いわけじゃない。
だけど……。
「これで相手方に残っている勇者は、ノエルを除けば二人よね?」
「……ディアフィスに与するという意味なら、そうなるな」
「剣の勇者……最も手強いと思われる相手の所在が分からないのは厄介ですわね」
「詰めを誤らないようにしないとね。ま、今はセレンたちを回収して引き上げるとしようか。ユウキ、氷龍お願いできる?」
「へ? ああ、うん」
ティスに声をかけられて意識が現実に引き戻される。
注文通りさっと氷龍を生み出して上空へ。
来た時ほどの性能は無いけれど、特に不都合も無いだろう。
……そう、思っていたんだけど。
「――あれは?」
「ヘンリー……鏡の勇者が使役する幻影だ」
ランカの疑問に答えたのはアーサー。
強大な魔力の伝わってくる方向に視線を向けると、見えたのは遠目には認識しづらい半透明の何か。
そして、その大軍に襲われているラルスとセレンの姿だった。
その光景を見て真っ先に感じたのは状況の不自然さ。
第一にラルスが最大の能力である幻覚を使っていないのがおかしい。
また、見る分には幻影以外に目立つ敵はいない。
つまり二人が戦っている相手は鏡の勇者一人って事になるんだけど……僕らの中でも手練れの魔王二人が、勇者一人を相手に劣勢っていうのも奇妙だ。
「……怪しい」
「ユウキ?」
「ちょっと先に行って様子を見てくる」
「なら私も――」
「いえ、そういう事でしたらわたくしが向かいますわ。ティスは念のため、こちらで控えていてください」
「……分かった。気を付けて」
氷翼を展開して龍の背から飛び立つ。
後ろからは少し距離を空けてランカがついてくる。
「――『氷結』」
手を翳し魔力を込めると、幻影の竜たちは問題なく凍り付き砕ける。
前戦った時と比べても、特に強くなっているような印象はない。
「二人とも随分と押されてるみたいだけど。どうしたの?」
「あー、ユウキさんですか。正直助かりましたー」
「ありがたいね。言い訳じゃないけど、正直あの勇者とボクたちの相性はかなり悪くてさ」
幾分安堵した様子の二人に事情を聞く。
彼らによれば、一番の問題はヘンリー相手にはラルスの幻覚が意味を成さない事らしい。
ヘンリー本人にも彼が使役する幻影にも能力が通じないとなると、ラルスの手札はほぼ失われる。
彼の予測だと似て非なる形とはいえ幻を操る者同士、実力差が小さい事もあって幻覚を見破られているのではないかという事だった。
「――で、ボクなんだけど。そもそもボクは戦いが得意じゃなくてね」
「…………」
「信じてないね? でもほら、ボクの能力を思い出してみてよ。この状況を打開できると思う?」
その言葉に改めてセレンの能力を考えてみる。
それは不可能を可能にするというもの。
言葉面だけ見れば相当強力な能力に思えるけど、この状況で考えてみればそれが発揮される余地はほとんどない。
攻撃を通すのが不可能ってほど相手の守りが硬いわけでもなければ、回避不能ってほど苛烈な攻撃に晒されてるわけでもない。
そしてこの能力が無ければ、セレンに残る手札は風を操る力だけ。
「その顔だと伝わったみたいだね」
「まぁね。……それなら、これで形勢は逆転ってわけだ」
どうやら相手は単騎で襲撃を仕掛けてきたらしく、罠も無ければ伏兵もないようだ。
その事を確認すると、僕は幻影竜の一体に乗った人影を見据えた。




