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121.魔王領――74

 僕の部屋はあまり使う事もないし、家具だって最小限しか置いてない。

 コーネリアとアーサーには部屋の椅子を勧め、僕は氷で作った間に合わせの椅子に腰を下ろす。


「周りに他の誰かの気配はない?」

「うん」

「一応、誰か近づいてきたら教えるようにして」

「分かった」


 軽く頷いたけど、もしかして結構不穏な話なんだろうか。

 内心で身構えた僕に、コーネリアもまた言葉を選ぶように話を切り出す。


「……キロセンでの事だけど。ラミス様は、万が一の事があればアンタもティスもご自分が止めると仰ったわ。でも……それはアンタから見て、どれくらい現実的だと思う?」


 なるほど、事情は理解できた。

 確かに、主君に絶対の信頼を置いて従う忠臣であるコーネリアがこの質問をするわけにはいかない。

 しかし同時に、ラミスの右腕として知っておかないといけない情報でもある。


「……微妙だと思う。勝ち目がって意味じゃなくて、その問いへの答えが」

「どういう事?」

「まず、僕とティスとラミス。この三人の魔力量とか単純な力の規模は互角だ。で、ここに状況によっての差が出てくる」


 これは単純に属性の話だ。

 寒いところやこの結界の中なら僕が一番強いし、逆に砂漠みたいなところへいけばティスに分があるだろう。


「じゃあラミス様は?」

「ラミスは地属性だ。これくらいの実力差ならティスの炎だと相性が悪いし、この結界の中でもないと僕だって力負けする。でも、空中戦になれば話は変わってくる。地面が遠ざかるからね」

「なんで急に空中戦の話に――あっ」


 訝るような表情をしていたコーネリアが不意に目を見開いた。

 その口から得心したように言葉が漏れる。


「つまり……アンタ達が逃げるなら、ラミス様に追う事は出来ない」

「そういう事。それに、魔王クラスの相手に上空を抑えられるのは大きい」


 適当に氷のコマを生み出して机に広げる。

 更に他より一回り大きいコマを二つ生み出し、一つ他のコマの中央に設置。もう一つはその上に浮かんだ状態で固定する。


「人が密集していたとして、ラミスなら周りの千人くらいは簡単に守れると思う。でも、それより遠くには手が届かない」


 ラミスを表すコマを中心に氷の天蓋を生み出して他のコマを覆う。

 そして上空のコマから放たれた吹雪が、天蓋に入れなかったコマを容赦なく吹き飛ばした。

 生み出した氷のコマを全部消してコーネリアに視線を戻す。


「相手の魔王の狙いが、例えばどこかの町だとか、無差別に大勢の人間なんかだったらラミス一人では守れない。でも、撃退するだけなら十分に現実的。……纏めるとそんなところかな」

「…………確かに微妙ね」

「どこまで出来て勝ちなのかは状況次第だし、僕に言えるのはこれくらいかな」

「ありがと、参考になったわ」

「まあラミスも言ってたけど。十中八九杞憂で済む心配だし、優先度はそうでもないんじゃない?」

「言われるまでもないわ。でも、一人くらいは最悪の可能性についても考えておかないとね」


 そう言ったラミスは大きく息をつき身体を伸ばす。

 そして再び真面目な表情に戻って口を開いた。


「それともう一つ。アンタの眷属たちのこと」

「ラミスの側近に出来ないかって話?」

「そう。さっきも言った通り、こっちからすれば願ってもない話だけど……本当にいいの? 王城ってのは文字通りの伏魔殿。彼らの実力なら在野で好き勝手してた方が間違いなく楽よ」


 …………。

 思わず、その言葉に目を瞬かせる。

 まさかコーネリアが、国としての利益を横に置いてまで眷属の皆の事を考えてくれるとは思ってもみなかった。


「わ、悪い? 別にわたしだって、善意でここまで言ってくれる相手を躊躇なく沼に引き込むほど人間性捨ててないのよ」

「あぁ、ごめん。でも……そこまで言ってくれるんなら、今度当事者同士で話した方が――」

「大っぴらにはそんな事できないからここで話してんの。……彼らがラミス様についてくるときの懸念については、アンタから念押ししてやって」

「分かった。……ありがとう」

「いいのよ。こうやって甘い事言える余裕があるのも、アンタたちのおかげなんだから」


 深く頭を下げると、コーネリアは早口にそう言ってそっぽを向いた。

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