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119.キロソン――4

 ……まぁ、僕は一応アルディスと面識あるわけだし?

 そう考えたら向こうにとっての本命というか、より気になるのが初見のティスになるのは仕方ない。

 微妙に落ち込んだ気分にそう説明をつけつつ、若干の心配も込めてティスの方に意識を向ける。

 少し息を吸い込むと、ティスはゆっくり口を開いた。


「……私の目的は最初から一つ。このサグリフ大陸から奴隷を無くす事よ。そこの『凍獄の主(クロアゼル)』みたいにラミスに情が移ってる事も否定はしないけれど、私が彼女に協力するのはそれが私自身の目的に必要だから」

「ほう? お前の考えそのものはクロアゼルと並んで恐れられる『天裂く紅刃(リバルティス)』と変わらないってか」


 ティスの歯に衣着せない言い方に反応したのはエルディラク。

 軽薄な態度は変わらないけれど、今は眼光云々以前に目が笑ってない。

 でも、ティスは怯まずその視線を真っ向から受け止める。


 思えばこれまでも、彼女がラミスやコーネリアに対して態度を変えた事は無かった。

 ティスは僕らに協力していたけど、そこにはずっと魔王リバルティスとしての利害の一致があったという事なのだろう。

 そんな事を考えているうちにもティスはエルディラクの言葉に首を横に振る。


「それも少し違う。……さっきのクロアゼルの言葉を借りる形になるけれど。私も、これから無用な血を流すつもりはない」

「無用な、ねェ? お前が言うとまた違う意味に聞こえるがな」

「倒すべき敵は確かに存在する。だけど闇雲に突っ込むだけではそいつらを倒せないし、目的も果たせない。……他者と共有できない理想など絵空事に過ぎないと、ようやく気づけた」

「へぇ……そうらしいが、どうなんだ? 宰相サマよ」


 何かに納得したように引き下がるエルディラク。

 急に話題を振られたアルディスが少し苦い表情になる。


「ひとまず身内の非礼にお詫びを。そしてお二人の言葉に嘘は無い事、確かに伝わりました。サグリフ王朝の方々を警戒する必要は無いこと、王にも伝えさせて頂きます」

「ありがとうございます。事が成った暁にはセジングルは我々の隣国。これからも良き付き合いを続けていきたいものです」


 ふぅ……とりあえず今回の目的は果たせたって事でいいのかな?

 はっきりした言質が取れたわけじゃないけど、コーネリアの様子から察するに相手から引き出す言葉はこれで十分なんだろう。たぶん。


「――ですが」


 内心ほっと一息つこうとした時、アルディスが声を上げた。

 なんとなく嫌な予感がして密かに身構える。


「他国からの印象はどうでしょう? こうして一人一人直に顔を合わせて話をつけていくのも現実的ではありませんし、話したところで理解が得られない場合もあるでしょう。そのような相手とはどう付き合うおつもりですか?」

「……それは」


 言い返そうとして言葉に詰まる。

 本音を言うならそんな面倒なところは無視して済ませたいところだけど、それはそれで余計な誤解を生む恐れがあるのも否定できない。

 何より過去が枷になってる魔王(僕ら)だ、友好を求めるのに一方では交流を諦めるっていうのも最善手とは言い難い。

 じゃあアルディスの示した問題をどう解決すればいいかっていうと……思いつかないわけで。


「――ならば、責任は余が受け持つのじゃ」


 のしかかるような沈黙を破ったのは意外な人物だった。

 毅然と言い放ったラミスに、アルディスとエルディラクが揃って意外そうな視線を向ける。


「残念じゃが彼らを信じられぬ者が居る事は仕方ない。それなら彼らが言葉を違える事は無いと余が保証しよう」

「……失礼ながら、責任を取るとは? 万が一彼らが暴走した時、貴女はどのように責任を取るというのです?」


 その問いへの答えは行動で示された。

 周囲に満ちていた魔力が静まり返り、逆にラミスからは僕から見ても規格外の魔力が溢れだす。

 ラミスの手の上に生み出された光球は魔力の塊。

 もしこれが解き放たれれば、魔力汚染以前に単純な破壊力で町一つ吹き飛ぶのは想像に難くない。


 ……王旗(パンディエラ)の力、そして王族として受け継いだ膨大な魔力。

 特に王旗の方なんか使ってるの見た事はほとんど無いっていうのに、いつの間にここまで使いこなせるようになっていたのだろう。

 息を呑む僕らに構わず、ラミスはあっさりと光球を握り潰す。

 それを合図に彼女の放つ魔力は収まり、周囲の魔力も戻ってきた。


「……もし、その時が来てしまうと言うのであれば。この生命を賭してでも、余が止める。そして、余とさえ言葉を交わせぬというなら、そ奴と語る事など存在しない」


 迷いのない声。

 それはラミスの言葉がこの場を凌ぐための方便などではなく、本心から出たものだという事を如実に語っていた。


「……危うい思考です」

「それは余も理解しておる。しかし、そもそも万に一つも有り得ぬような話じゃ。無論、余とてこの力を無闇に振るうつもりはない」

「そうであれば幸いです。……また何かありましたら遠慮なくお訪ねください。隣人として、可能な限り力添え致します」

「うむ。好意に感謝するのじゃ」


 二人が言葉を交わして、今度こそ一段落。

 やがてアルディスたちに見送られ、僕らはキロソンを後にした。

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