118.キロソン――3
自分の言葉で、ね……そうは言っても、どう応えたものか。
どちらからともなくティスと視線を交わし、一つ小さく頷いて僕の方から話し始める
「今しがたコーネリア殿が言った通りです。争いは私にとっても避けたいもの。そして、今後も無用な血を流すつもりはありません」
「失礼ながら、今なお最強と名高い魔王の言葉とは思えませんね。でしたら大陸に遍く広まっている過去の所業にはどういった意図があったのでしょうか?」
「……詳しく説明する事は難しいのですが。今の私は……『凍獄の主』の力を持った、別人のようなものです」
思考をフル回転させ、そんな説明を絞り出す。
実際にはどちらも僕である事に変わりはないし、昔の事だって背負うべきものだけど、この場に限っては別の話。
他の人にそこまで話してもややこしくなるだけだし割愛する。一応嘘はついていない。
そんな答えをどう捉えたのかは分からないけれど、それを聞いたアルディスは少し考えるような反応を見せる。
「ふむ……それも興味深い話ではありますが、今は置いておくとしましょう。一つ聞かせて頂きたい。貴方が争いを嫌うというなら、サグリフ王朝の再興に協力するのは何故です?」
……こんな時だっていうのに、なんだか面接を受けているような気分になってきた。
だがアルディスの疑問は自然なもの。
思えばいつの間にか事が大きくなっている気もするけど……ラミスに協力するって決めた時から、いずれこうなる事は分かっていた。
ならば今更揺らぐような事もない。
少し頭の中で言葉をまとめてから口を開く。
「……アルディス殿は、私の眷属たちについてはご存知のようですね」
「ええ」
「彼らは私にとって家族のようなもの。その人生が良きものとなるのが私の願いです。サグリフ王朝の再興が成った暁には、ラミス殿の手勢として彼らを迎えて頂く事……それが私の協力の対価です」
「お言葉ですが、眷属の方々もまた比類なき力の持ち主である様子。良き人生と言うのであれば、下手に謀略の渦巻く中へ引きこむよりも野に在って自由を得る方が彼らの為になるのでは?」
「現在、ラミス殿は私の元で匿っています。どうやら彼らは、ラミス殿に情が移ってしまったようで。……それに私も眷属の皆、そしてラミス殿とコーネリア殿の事を信じていますから」
「なるほど。差し出がましい発言をした事、お許しください」
「いえ……」
不意にアルディスに頭を下げられて少し反応に困る。
確かに今のアルディスの指摘は話題から少し逸れたものだったけど、抱く懸念としては当たり前のものだったし。
実際僕も少し心配していた要素ではあったから、特に不快感を感じるような事もない。
「でしたら、眷属の方々についての情報は秘すべきですね。彼らはサグリフ王朝を再興するラミス殿を支える、突如現れた英雄。そうあった方が何かと都合も良いでしょう」
「あ、はい」
何か急に良案を出してくれたアルディスに、つい素で頷いてしまう。
良案……だよね?
眷属の皆が表舞台に上がるなら、悪評がいかんともしがたい僕との繋がりが明るみに出るのはあまり良くないのは確かだ。
前の陽動作戦で少し顔は見られたかもしれないけど、勇者と魔王がぶつかり合うような戦場での事。ごまかしは十分に効く。
裏はともかく、落とし穴は無いように思える。
でもそれが逆に怪しく思えて……うーん。
相変わらずアルディスが浮かべているのは考えの読めない穏やかな微笑。
なんだかそれが、疑心暗鬼になっている僕を見透かした苦笑いのように見えてきた。
続いてアルディスの視線がティスに向く。
さっきの漠然とした印象とは違い、彼の纏う雰囲気が僅かに鋭さを増したのが微かながらにはっきりと感じ取れた。




