116.キロソン
「――あそこかな?」
「うん、たぶんアレだね」
ティスの言葉に頷き、背負っていたラミスを降ろす。
……宰相アルディス・トリムこと魔王「万緑を言祝ぐもの」への面会なんて話が出てから僅か二日後。
その張本人とクリフを通じて話をつけ、僕らは相手側から指定された町キロソンを訪れていた。
ただ、今回はラミスの補佐にコーネリアも来てくれているからだいぶ気が楽だ。
コーネリアの護衛にアーサー、念のためにティスもいるおかげで戦力的にも心強い。
トリマヘスクの方で事前に門番はどけておいたという門を抜けて町の中へ。
広がっていた景色は以前訪れたダクスリトとほぼ同じ。
もちろん建物の配置とかは別物だけど、家の作りとか自然と混ざり合うような雰囲気は似通ってみえる。
――と、思ったんだけど。
「人が……いない?」
「そのようですね。指定された建物はあちらでしょうか」
「ちょ、コーネリア!?」
ダクスリトとの明確な違い。
まだ昼過ぎだっていうのに、町を歩いている人が誰もいない。
軽く気配を探ってみても人がいるらしい建物は一つだけだ。
少し前……それこそ何時間か前までは人がいたような痕跡も残っているのに、どういう事なのだろうか。
警戒を強める僕をよそに、とっくにスイッチを切り替えていたコーネリアは躊躇いなく突き進んでいく。
あー……もしかしたら、彼女はこれから会うアルディスが魔王なのを知らないのも関係しているのかもしれない。
今からでも教えるべきだろうか?
でも、それで無意味に味方を揺さぶるだけの結果になったらと思うと躊躇わざるを得ない。
肝心の相手がどう動くか、それを予測するだけの情報が無いのが痛いな。
そんな感じで結論も出ないまま悩むうちに僕らも指定された建物の扉をくぐる。
セジングル特有の自然に溶け込むような装いはダクスリトでアルディスと会った店と変わらず、店の雰囲気はどこか和風の料亭にも似たものを感じさせる。
「ラミス・パンディエラ様ですね?」
「うむ」
「ご案内いたします」
ぱっと見は普通の従業員っぽいルディスに誘導されて進んで行く。
店内には他にも従業員らしき人がいるけど、その人たちも本当に普通の人……少なくとも騎士みたいな訓練を受けた人や、まして魔王とかその眷属みたいな実力者じゃないみたいだ。
通されたのは奥まった座敷の一つ。
そこには控えていた従業員の他に、二人の先客がいた。
「おお、よく来たな! 待ってたぜ」
「……これは身内が失礼を。お久しぶりです、ラミス・パンディエラ殿。そして『凍獄の主』殿」
先に気安い調子で片手を上げたのは初めて見る小柄な老人。
狐や狼に似た三角形の耳から察するにディラクか。
すぐ隣にこの国の宰相がいるのにこの態度、この老人も相応の立場にあるのだろう……なんて分析より先に。
目が笑ってない、なんて事は決して無いっていうのに。
その眼光、本人は無意識だろうに放たれる威圧感が悟らせる。
この老人こそ、ルディスの祖だというトリマヘスクに並びこの国に潜む魔王……「祖たる牙の微睡み」なのだと。
確か、表向きにはエルディラク・ガルベルドと名乗っているんだったか。
そんなエルディラクの態度はアルディスからすれば好ましいものではなかったのか、ルディスの中でもひときわ中性的な容姿の魔王はバツが悪そうに頭を下げた。
「他の方々にはお初にお目にかかります。セジングル王国宰相が一人、アルディス・トリム。こちらは王宮付相談役のエルディラク・ガルベルドです」
アルディスの挨拶に応え、こちらもアルディスたちの向かいの席に座る。
最初は運ばれてくる料理を口に運びながら、世間話というか他愛の無い話題を重ねていく。
こういう形の正式な会合みたいなのは初めてだ。
結界でコーネリアが相手だったら話が終わった後はいつもの調子だし、話す時も形式って点で言うなら本題しか話さない略式もいいところ。
王朝側の協力者と話す時だって氷像越しだし、そもそも僕はほとんど発言しない。
コーネリア曰く魔王が身内で話を聞いてるってだけでいいプレッシャーになって空気を引き締めてるらしく、寧ろ下手に発言しない方が良いとまで言われる始末。
人間相手ならまぁ役に立ててると言えなくもないのかもしれないけど……あ、この寿司おいしい。
そんな感じでうまく流れを掴めないまま時間は流れ、大体腹六分目くらいに差し掛かった頃。
「――それでは、本題に移るとしましょう。ラミス様、宜しいですか?」
「うむ」
ラミスが頷くのを確認し、コーネリアがアルディスを真っ向から見据えた。




